2008年02月19日

Unravel



お開きになったパーティの会場を抜け、階段を降りきる。
埼京線を電車が通り過ぎる。
この街では空は狭すぎて、星が見えない。

二人は並んで、歩く。

誰にもすれ違わない、
坂道を下る。
下りきったら五叉路、続いて、繁華街。
駒沢通りを跨いでしまえば、駅につく。

「楽しかったですか。」
彼女は尋ねる。
それから、随分、遅くまで居座ってしまいましたね。と言った。
彼は、少し熱のこもった声で
「えぇ、非常に楽しかった。若い人がああやって、
一生懸命活動をしているのを見ると、とても励まされます。」
と言った。

「よかった。あなたなら、きっとそうだろうと思って
お誘いしたんですよ。」
彼女は、前を向いたまま、優しく微笑む。
「ありがとう。」
彼は彼女の手に触れる。

「どうしようか。少し遅いけど、珈琲でも飲んで帰りますか?」
と、彼は提案する。

「えぇ。そうですね。今夜はほとんどお話できなかったし。」

「あなたは、とても人気でしたね。ちょっと妬けました。」

「また冗談ばっかりおっしゃる。」
彼女はけらっと笑う。手を、コートのポケットに突っ込んだ。

「本当ですよ。あなたはもう少し、自覚をしたほうがいい。
あなたと話をしたくて、
そばでうろうろ順番を待ってる男はたくさんいましたよ。」

「気にしすぎですよ。私が食べ物の前にいたから、
みなさん食べ物を取りにうろうろしていただけですよ。」

「いや、違うと思うなぁ。」

彼女はもう何も言わず、微笑んだまま
夜の乾いた空気を胸一杯に吸い込む。
そして彼は、こめかみのあたりに小さくキスをした。

通りがかった、バールに入る。
飲みなおしてもいいのだけど、おとなしくコーヒーを2つ注文する。

席について彼女はバッグから、
オレンジ色の箱を出し、彼に差し出した。
ほろ苦いオレンジピールのチョコレート。
家では毎晩ウイスキーを飲むと聞いたので、
それに合いそうなものを選んだ。

彼は大事に大事に食べますと言った。
彼のリアクションは彼女からすると非常に大袈裟で、
例えば、彼女が仕事で、彼のオフィスから100mほどはなれた
別のビルに来ている時なんかでも、
「近くにいるっていうだけでも嬉しい。」という。
感動しやすい性質なのだろう。

ディープローストのどっしりとした強い芳香が二人の間に漂う。
彼女は凍えた手を陶器に添えて温める。
きらきらと細かいラメのはいった、ベージュのネイル。

彼女は、手が大きい。

バスケットボールを片手でつかめるという
彼の手と同じくらいの大きさで、
中指なんかは彼のより長くて、すぅっ細いきれいな指をしている。
きちんと短く爪を切りそろえて、きちんと働く人の手。
指先までつやつやとして、ささくれもなにもないのは、
「きちんと手入れをしていれば、
家事くらいでぼろぼろになりませんよ。
特に、台所でお湯をつかわないようにすれば、
ほとんど問題ありません。」
というが、若いから、というのも多分にあるだろう。

彼は妻の手を思い出す。
妻の手は小さく、夏場でもかさかさとしていたように思う。
長い間触れていないので、よくはわからない。

「今日はピアスが左右で違うんですね。右は星で、左は雫か。」
彼は唐突に気がついて、言った。

「えぇ。よく片方だけ無くしたり、壊れたりするので。
そういえば、この前、恵比寿のホテルに行った時も
片方落としちゃったみたい。」

「本当?連絡してみようか?預かってくれているかもしれない。」

「いえ、たいしたものではなかったので、いいです。」

「じゃあ、今度プレゼントしますよ。早めに待ち合わせして、
ピアスを選んで、それからごはんを食べよう。ね。」

「いいんですか?やったぁ。」

いつもなら申し訳なさそうに
「いいですよ。そんなことしてくださらなくても」と、
言うのだが、即座に受け入れ、笑顔を向けてくれたのが、
彼にはたまらなく嬉しかった。

彼女はカウンターの下で繋いだ手を彼の膝に置く。

「ごめんなさい。
もっと早く会場を抜ければよかったですね。もう終電の時間。」

「いえ。いいんですよ。
僕はあなたとアレを目的に、会ってるわけじゃないし。
一緒にこうやって過ごせることが、僕にはかけがえの無い時間です。
……でも、僕にそんなことを言う資格はないかな。」

彼女は黙って、彼の膝に置いた、繋いだ手を自分の腿の上に置く。
柔らかい感触と体温が、スカートごしに伝わる。
彼の手が温かくなるのも、感じる。

「ちょっと、うれしいな。」
彼の優しい視線を感じながら、
彼女は呟き、首を横に傾けた。



Bjork
オフィシャルサイト(国内)

Unravel
by.youtube.com


2008年02月11日

stay



家に帰ってきたのは、9時を少し回ったところで、
携帯には、彼から「おなかがすいた。もうすぐ帰る」と
メッセージが入っている。

なんだ、今夜はまだ食べてないんだ・・・。

毎週木曜日は目黒の方にある日本語学校に通っている彼は、
クラスの始まる前に夕食をどこぞで軽くとるから、
いつもなら作っておく必要はないのだけれど。

バッグを置き、コートをかたずけ、毛糸のソックスを履くと、
アラジンのストーブに火をつける。
ラベンダーのハンドソープで丁寧に手を洗い、
ヨード液で嗽をする。

湯をわかし、エリンギを割いていると、彼が帰ってくる。

「おかえり。」

「ただいま。」

一緒に暮らし始めた頃は、わざわざドアのところまで
迎えにいくこともあったが、今ではそういうこともたまにしかない。
というか、私の方が、だいたい帰りが遅いのだ。

彼は「ボクの猫ちゃんは元気かな?」ときく。
私は「まぁまぁね。」とだけ答える。

そして彼は、ろくに服も着替えないまま、パソコンを立ち上げる。
「手洗って、うがいして。ジャケットもちゃんとしまいなさい。」

彼は渋々私の言ったとおりにして、洗面所から出てくる。
「あのさ、洗濯物、たたんどいてくれる?」
私は手のひらの上でお味噌汁に入れる豆腐を切りながら言った。

「”please”は?」
彼はたたずんだまま、私の方をじっと見る。
こういう子供っぽい言動に心底イライラする。

「なんでそんなこといわなきゃいけないのよ。
私はあんたにpleaseなんていわれてなくっても
こうしてメシ作ってあげてるじゃない。
ちっせぇことこだわってないでちょっとは協力しろよ、チンポ野郎。」

彼は「ジーザス。。。」とぶつぶつ何かをいいながら、
バルコニーにでる。

イライラする。

昨日、あの人が酔っ払っていった言葉を思い出す。
彼はハーパーをロックで飲み、私は赤ポルトを飲んでいた。
「あなたのためなら、あなたが満足するなら、
僕は何だってするつもりでいるんですよ。」
具体的に何をしてくれるのかは知らないけれど、
そういうふうに口先だけでも言ってくれる男はかわいい。

彼の奥さんは、彼が夕食後の食器をおいておいただけで、
翌朝「私に洗っとけっていう意味?」と癇癪をおこして、
その皿を割ってしまったり、するそうだ。
それくらいのこと、私が専業主婦だったら黙ってしてあげるのにな。
そう言ったら、あの人はどんなふうに思っただろう。

陶器のお櫃にいれている白米を茶碗によせ、レンジで温める。

食卓にどんどん料理を並べる。
牛肉と長ネギ、エリンギの炒め物。
じゃがいものオリーブ炒め。
作り置きしてあったリーフサラダ。
近所の焼肉屋さんのセロリキムチ。
わかめとおあげとしめじのお味噌汁。

牛肉を食べるのは、何ヶ月ぶりだろう。
私は日本の牛肉があまり好きではない。
もっと草のにおいがする肉がいい。
彼も、日本では牛肉を好んで食べたいとは思わないらしい。

私たちは向かい合って、ごはんをたべる。
私はひどく腹が減っていたので、それこそ貪るようにして食べた。
一言も話さなかった。
こういうとき、彼は面倒くさい話題を吹っ掛けてくる。

「14日、どうする?」

「どうするって、何を。」

「バレンタインだよ。何かしたくないの?」

「別に。私その夜、ミーティングだから。」
というか、あの人が食事に誘ってくれているのだ。
ここのところ毎週、あの人は食事に連れて行ってくれる。

「じゃあ週末は?」
「別に、なんでもいいわ。」

「ちょっと、これじゃあルームメイトじゃないか。
僕たち、カップルらしいことしようよ。」

「カップルらしいことしてるじゃない。
毎日、一緒に寝て、ごはんたべて。何が不満なの。」

「バレンタインだよ?」

「だからなによ。私には正月ほどの大行事じゃないんだけど。」

「何でさ、そんなビッチなわけ?」

「疲れてる時にあなたがうるさいからよ。」

「僕のせいか。」

「機嫌が悪いのは私のせいよ。悪かったから少し落ち着いて頂戴。」

「なんで機嫌が悪いんだよ。」

「ストレスとかね。今忙しいから。」

「ストレスたまるような人生かよ。
君みたいにお気楽な暮らしをしてる人が?」

私は箸を止めた。
他の誰に、そんなふうに思われても構いはしないけれど、
彼だけは、理解してくれているものだと思っていた。
時々、プレッシャーに負けそうになって、泣きながら寝ていることも
彼だけは知っていると思っていたのに。

私は組織の代表であって、専門家だ。
同時にこの業界では珍しく若い、その上さらに珍しいことに女だ。
いろんな期待と好奇心と遠慮のない疑心と不信を
世間から向けられていることを彼は知っているはずだ。
それと同時に別の団体でアシスタントもしている。
そっちの方の仕事もアシスタントどころではないレベルの作業を
ずいぶんまわされてくるようになっている。
今抱えているプロジェクトは2つ。
先日それに1つ増えたところだった。
彼だけは、理解してくれているものだと思っていた。
どれほど自分を追い立てて、私がここにいるのかを。

私は、かなり傷ついた。
彼から言われた言葉の中で、一番傷ついた。
ごはんを咀嚼しながら、ぼろぼろ泣いた。
彼といる意味がない。そんな気分さえしてきた。

「あなたが、この業界で一生懸命働いてくれていると思うと、
僕も俄然、やる気がでてくるんですよ。あなたは本当に立派です。
だから、こうして一緒に過ごせる時間が僕には本当に嬉しいんです。」
あの人は昨日、そういってくれた。
それは同じ業界だから言えた事なのだ。
所詮特殊すぎる世界で、素人の彼にはわからないのかもしれない。
それが世間一般の反応だということ。
私は少し、自惚れがすぎたんだろう。

彼は私の何も評価してくれていなかった。
ただ、うちに帰れば、「おかえり」といって、
おいしい夕食を拵え、きちんと部屋を整えて待っていてくれる女を
評価するのだろう。そして、バレンタインなどにいちいち浮かれて、
あれやこれやと企画をする女を、彼は求めているのだ。
現実の私を、見てはいないのだ。

彼といる意味はもうない。私はここを出て行こうと思った。

「ごめん。嫉妬してたんだ。君は、自分の夢を実現して、
したい仕事をしていて。僕は、何だ、何にもならない仕事をしてさ。
ごめんよ。悪かった。
君はいつも、仕事のことはあまり話をしないから。
君がどれだけ大変なのか、わからなかったんだよ。僕が悪かった。」

私は彼が隣に跪いて、頬を撫でるのも無視した。

「お願いだから、出て行くなんていわないで。愛してるよ。」

「世話のやける男ね。傷つけておいて、
出て行くななんて、随分都合がいいじゃない。」

「僕を愛してる?」

「どうかしら。」

「そういわずに、ハグしてくれよ。キスしてくれ。」

「あなた、どうしてそう、要求ばかりしてくるの。
息が詰まりそうになるわ・・・」

小さい子供と同じだ。
でも男の人というのは概して多かれ少なかれそういうものだと思う。

私は、彼にハグとキスをくれてやる。
そうして食事に戻る。

彼がおいしいね。ありがとう。と言って、微笑む。
私にはそれだけで十分なのだ。
バレンタインなんていう装置は必要ない。

それを彼は判っていない。


Lisa Loeb
オフィシャルサイト

Stay
by youtube.com

2008年02月07日

Hate that I love you



シンポジウムには丁度開会の挨拶の時に、到着。
席をとってくれていた同僚の隣に腰を下ろす。

「ありがとう。」
同僚の耳元にこそこそと言い、続けて
「部長は?」と聞く。

彼は、後ろと耳打ちする。
私は右後ろに振り返る。そこには、上司ではなく、
あの人がいて、にこやかに頭を下げた。
その隣には打ち合わせで3回ほどあったことのある、
よくしゃべるおばさんがいて、彼女も同じく会釈をした。
私も二人に会釈をし、今度は左後ろを振り返り、上司に会釈をした。

一瞬、焦った。
まさか真後ろにあの人がいるなんて、
予測してなかった。

あの人は、私と同僚の耳打ちを見て、どう感じただろうか。
うっかり家事の時にはずしたままにしてしまった、
ダイヤのない薬指をみてどう思うだろうか。
変なふうに解釈をされないといいのだけれど。

シンポジウム自体は2時間そこそこで終わり、
報告者に挨拶に回った上司を
同僚と、あの人と私、3人で待った。

待つ間、雪の話をした。他愛もない話。
私はあの人の顔を見なかった。そばにもよらなかった。
同僚にくっつくようにして、雪の話をした。
あの人は私を見ている。私がちらっと確認すれば、必ず目が合う。
そんなに明確な視線を注がないでほしい。
私は狼狽して、目を逸らす。

上司は用事が済んで、ありがとうといいながら、
私の手から、コートを受け取る。
私は、とびきりの笑顔を上司にむける。

あの人は嫉妬しているだろうか。するかもしれない。
あの人には向けたことのない表情をみて、驚くかもしれない。





このシンポジウムは非常に楽しみにしていた。
というのは、彼女とも会えるからだ。
最近では週に2度は顔を見ないと、つらい。

開会前に話ができると思って早めにつくようにしたが、
彼女は開会してから到着したので、非常に残念だった。
僕の斜め前の席に座った彼女は走ってきて熱いのか、
頬をピンクにさせて、シャツの胸元をぱたぱたと扇いだ。
彼女の甘い匂いが漂ってくる。

彼女は隣に座る同僚とぼそぼそと話をし、突然くるりと振り返った。
僕は若干慌てながら、会釈をした。
彼女は眼鏡をかけていた。
眼鏡でも、かわいいと思った。

僕はいい具合に目の前にいる彼女を、誰に遠慮することもなく
見つめていられることで、非常に満足した。
そんなにしげしげと見つめているものだから、
彼女の左手に今日も指輪がないのに気がついた。
どういう意図なのだろう。
今まで、食事以外で会うときは必ずつけたままだったのに。

閉会後は、彼女と、彼女の同僚と話をする機会を得た。
彼女の上司つまり、僕にとっては、下請先の部長の用事が済むのを
3人で待つことになったのだ。
といっても、僕は待つ必要は特になく
早々にオフィスに帰ってもよかったというか、
仕事が詰まってるので一秒でも早く帰るべきなのだが、
彼女といられる機会は大事にしたかった。

報告中にあった化学の話を彼女が同僚に補足して説明をしているのを、
僕は聞いていた。
理系は苦手だといっていたわりに、
しっかりあの難しい報告を理解している。
大学院を出ているだけはあるなと、感心した。

彼女はようやく用事の済んだ上司にコートを差し出し、
あどけない真っ白な笑顔をむける。
僕にはそんなふうには微笑んでくれたことはない。
上司のことをよほど信頼しているのだろう。

僕は少し鳩尾のあたりが少しぎちぎちしてくるのを感じた。
こんなふうにやきもちをやくのは何年ぶりのことだろう。

気を抜くと、彼女のことばかり見つめてしまっている。
誰にも気づかれていないといいが。



Rihanna

オフィシャルサイト


Hate That I Love You

youtube.com

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。