2008年07月04日

you're beautiful



「あぁ〜携帯パクられた・・・」

店に着くなり、サングラスをつけたまま、
オゲが誰ともなく呟く。

「どこで?」

「レノンでよ。ごはんたべてて、テーブルに置いてたの、
知らないおじさんが来てさ、盗っていかれた。」
オゲはまだ少し動揺した様子で言った。
携帯が盗まれるのは、この国では、別に珍しい話ではない。

「レノンも物騒なのねぇ。」
私は生白い腿にとまった蚊をぱちんと叩き殺すと、
手をぱんぱんと叩いて、のんきに言った。
レノンというのは、この辺では一番の高級住宅地だ。

「そーよ、あんたも気をつけなよ。
ぼんやりしてると、盗まれるとか、つけこまれるとか、危ないわよ。
ただでさえ、日本人なんだから。」

ただでさえ、日本人って。。。。私はもごもごと反芻しただけで、
言い返せなかった。確かに私はただでさえ、日本人なのだ。

「あ〜、お金ないのにどうしよう!」
オゲは顔をわっと手で覆ってしまった。

「中古で買えばいいじゃん。」

「最近は中古も結構、値が張るのよ。500くらいはするのよ。」

「500も?この前友達がカメラ付でも400で買ってたわよ。」
オゲが私に何かねだろうとしているのは雰囲気でわかる。
携帯そのものか、現金か。どちらかだ。

「それはあんたの友達がツいてんのよ。
私は最近ぜんっぜんついてない。。」

「例えば?」

「バイクは盗まれるし、携帯は盗まれるし、とにかくツいてない。」

オゲは椅子に腰掛けた瞬間、がくっと身を起こした。

「ほら、椅子だって壊れちゃったし。。。。」

「オゲの代わりに壊れてくれたのよ。
お寺にいって、お祈りしてきたら?
きっと悪い霊でもついてるのよ。
椅子だって、ボンドでくっつけたらすぐ直るって。」

「そうよね。。。」

「そうよ。大丈夫よ。それに、本当にオゲが困ってれば、
神様が助けてくれるよ。ここは、ただでさえ、バリなんだから。」

オゲは前回会ったときよりも、痩せた。
暢気にレゲエで踊ってた頃とは違う、悲愴な表情が、
笑顔でもにじみ出てて、ちょっと見てられない感じがした。

その原因がわかったのは、帰国日の夕方。

私はお土産のあまったショートホープをオゲと並んで吸った。
オゲが買ってきた安いアラックを2人であけながら。
それでも3箱ほどあまったので、
旦那に持って帰ればいいと勧めた時のことだ。

「旦那、いないし。離婚しちゃった。」

私は、絶句して、「そうなの。。。」とだけ呟いて、
また、甘くない煙草を吸った。
こういうとき、煙草があると、安心する。
喫煙家は、こういう場面で逃げ場を確保するために
吸っているんじゃないかとも思うほどだ。

「旦那はいないし、バイクは盗られるし、携帯は盗られるし、
今度は娘が腹壊して入院するし。」

「え?入院したの?昨日は元気だったじゃない。」

「昨日まではね。今朝急になの。救急車呼んだのよ。」

すりきれたCDの音が飛び飛びになって、ぶつりと止まった。
波の音がやたら大きく聞こえる。

だめだ、この店は。もう、貧乏くさすぎる。

「どこかへ行ってしまいたい・・・」

オゲがぽつりと呟いた時、
アコースティックのライブが静かに始まった。

「大丈夫だよ。ここにいて。ここには、オゲの友達も、
おにーちゃんも、妹も、おとうさんも、おかーさんも、いるじゃない。
大きな娘も息子もいるじゃない。みんな、力になってくれるよ。
ここにいれば、きっと大丈夫。」

私はオゲの細い手をさすった。頬にあふれた涙を拭った。
オゲは、もう疲れちゃった。と呟いた。

「今夜はなんだか変な気分。悲しいのに、なんだか楽しい。」
目に涙をたたえたまま、オゲは笑う。

「当然よ。アラックはたんとあるし、煙草もあるし、
ニョマンのライブなのよ。
アグンほどギターはうまくないけど、よく似てるわね。
煙草を吸わない分、声はもっと甘いかしら。。。
この曲、初めて会った夜に弾いてくれたの、覚えてる?」

「懐かしくなるよね。元気かな。」

「元気よ。どーせまた、毎日金髪の女の子ナンパしてんのよ。」

オゲはふっふっふと笑った。「で、グスには、その後会ったの?」

「会わないわよ。連絡先、きいてないし。」

「なんで聞かなかったのよ。馬鹿ね。」

「いいのよ、もう。
ところでさ、オゲもアユみたいにさ、新しい彼氏みつけなよ。
そしたら、楽しいよ。」

「私?ムリよ。おばさんだし。」

「ムリじゃないわよ。オゲはすっごくスタイルいいし、キレイだし。
よく白人の男がじろじろ見てるの、私知ってるんだから。」

「そんな。私、英語ぜんっぜんできないし。ムリ、馬鹿だから。」
そういって、手をばたばたさせる。絶対、絶対、ムリだってば。

「相手がインドネシア語はなせたらいいじゃん。マルコみたいにさ。
アユ、すっごい幸せそうじゃん。」

「私は、、、ムリよ。神経質だし。いっつも何か考え込んじゃって。」

「それは、恋してないからよ。年なんて関係ないって。
恋してちょっとくらいアッパラパーになってみたら、いいのよ。」

「恋ねぇ。できるかなぁ。」

「できるよ。まず笑って。
いつも難しい顔してたら、恋も幸も若さも逃げるわよ。」

「そりゃ、あんたも気をつけたほうがいいんじゃないの。
むずかしー顔してるよ、よく。」

「よくいわれるわ。」
私はけらっと笑った。
そして、ニョマンの演奏にあわせて、
ノーウーマン・ノークライを一緒に渋く口ずさんだ。



James Blunt
インドネシアでも超人気。

you're beautiful
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2008年06月17日

Menghapus Jejakmu



9ヶ月ぶりに訪れた街は
いろいろ少し変わっていた。

ママとノルのお店と隣のバティックペインティングの店は、
すっかり壊されて、
新しく藁葺き屋根のおままごとみたいなお店が建ち、
ぜんぜん知らないお姉さんたちが働いている。

ノルから店の顛末はきいていて、覚悟はしていたものの、
更地をめきめきと大きな音をたてて踏みつける重機や、
テーブルの間をくるくるとよく働く
ピンクのクバヤを着たおねーさんたちの景色に
愕然としてしまった。
入り口にあった飲み物屋だけ、ぽつんと小さな小屋に
きゅうきゅうに詰まったかんじで収まっている。
意を決して、小屋に立ち寄る。
少し背が伸びたプトゥリは私のことを思い出そうと、
小難しい顔をしてじっとしていた。

あぁ、これからどこでご飯を食べろというのよ。

強い日差しの中、額を拭いながら思う。
久しぶりに帰宅したら、
家から台所と家族がいなくなってしまっていた。
そんなふうな、衝撃的な気分。
ふらふらと向かいの電話屋に行き、
ママに電話をしたら、夕方にたくさんのごはんと、
私のために作った薄手のキャミソールとスカートをもって、
部屋を訪ねてくれた。
ノルは友人の結婚式でジャワまで出かけているらしい。
あいかわらずのママのマシンガントークと、
もやしどっさりの料理がうれしかった。

隣のバティックペィンティングの店で働いていたユディは、
もっと南の方で小さなギャラリーを開いたらしい。
相変わらず、ノルに片思いをしているんだとママはけらけら笑った。
バクソ屋をしていた男の子は、地元に帰って結婚したそうだ。
みんなそれぞれの人生を歩んでる。

それから。

グスがバーをやめた。1月のことらしい。
もっと割りのいい仕事がしたいんだといっていた。
到着2日目の晩に、たまたま浜辺で儀式があって
ほんとうにたまたま、彼がバーの前を通りがかったのが幸いだった。
そうじゃなかったら、彼の携帯番号も変わってしまってるし、
っていうのは彼と話をしていて初めて知ったことなんだけど、
危うく連絡がつかず、一度も会えないところだった。

彼は完全に儀式をサボって、
一度警察に見つかってしまって注意された。
警官の背中を見送りながら、私たちは舌をぺろっと出して笑った。
風の強いビーチで、アラックをたくさん飲んだ。
店を閉めてから、ヘリポートまで散歩した。

空には、目が回るほど星が瞬いていた。波は低かった。
一番大きな星が東の空に見えた。

こんな夜に、彼はボートにもたれかかって、
私は彼にまたがって、セックスをしたんだった。
ひざの皮膚に砂の粒の跡が残った。
あれは、たった9ヶ月前のことだったか。
ずいぶん昔のことのように思える。

私の肌はもう、彼を忘れてしまっている。

キスをしても、抱きしめられても、
どんなに甘い言葉をいわれても
しみこんでこなかった。
くったりした頼りないキスや抱擁を返すばかりだった。

彼は愛してると言った。もう会えないかと思ったとも言った。

「うそばっかり。」

私は彼の言葉をさえぎるように言った。

愛してるのなら、ちゃんとおっかけてよ。何もかも捨てて。
連絡をとることすらしないのに、愛してるなんて簡単にいわないで。
妻と娘がいなかったら、君と一緒にいたいなんて、
そんなこといわれてもちっともうれしくなんかないもの。
甘くみないでよ。私はもっと価値のある女よ。

彼は私が傷ついたとでも思ったのか、
ぎゅうぎゅうに抱きしめて、あやすように髪をなでた。

結局は、門を少し入ったところで、帰ってもらった。
彼を部屋にあげる気にはならなかった。

またねと私は言ったけど、彼は何も言わなかった。
もうこの先、全く会えないかもしれない。
そう思うと残念な気もしたけど、私は引き返すことなく、
まっすぐ部屋に戻った。

あれから。

他の友達は次々噂を聞きつけては、バーにくるけれど、
グスは来ない。一度、サラスワティの夜に
バーでしばらくみんなと飲んでいたらしいけど、
私はよそにでかけてしまっていて、すれ違いになってしまった。
あれだけ毎晩浴びるように飲んでいた酒もタバコも、
ほとんどしなくなった。昨夜はついに、1滴も酒を飲まなかった。
なんだか急に、つまらなくなってしまった。

「子作り調整中だから」という
説得力のあるような、ないような理由で、
ブーイングを飛ばす友達を説得して、
早々に部屋に戻る。

朝。
首筋にうっすら残った2つのキスマークを
ファンデーションで隠しながら、
新しい携帯の番号くらい聞いておけばよかったと思う。
今更だんだん少しずつ、彼を思い出しているなんて、
ずいぶん鈍感な体になったものだ。


Peterpan


Menghapus Jejakmu
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2008年05月25日

New York



「まぁ、かわいい靴ね!」

エレベーターに乗った途端、
先に乗っていた白髪の強いカールの年配の女が、
にこやかに言った。

「ありがとう。」
私はこれで今日何度目だろうかと思いながら、少し微笑んで、
階を示すデジタルのパネルを見る。


ロビー階で降りると、
元マネージャーがソファに深く腰掛けて待っていた。
エントランスを出かけると、
ベルボーイが手を上げて挨拶をする。
「よいゆうべを、お嬢さん。」

「やぁ、見違えたな。すてきなドレスじゃないか。」
元マネージャーは呟くようにそう言った。
駱駝に似ている、という印象をもつのは、
彼の睫毛が途方もなく長いからだろうか。

「このドレス、ビジネス・カジュアルの範疇よね。」
「もちろん、パーフェクトだよ。」

34番駅で改札を抜けると、
大きな黒人のおばさん二人組みが
巨大なビニル袋を提げてなかなか歩けないでいる。
巨大なおばさんと巨大な袋で進めない。
どうせ進めないので、手伝ってあげた。
乗りたい路線もたまたま同じだ。

「あんたちっさいのに力持ちだね!」
おばさんたちは笑って、何度もありがとうと言った。

86番駅で降りる。
「昨日もこの駅で降りて、セントラルパークを横に散歩したのよ。」
かかとを鳴らせながら、構内を歩く。

「君は、3年前よりずっときれいになったね。」
元上司はいたずら気な含み笑いをしながら言った。

「あのねぇジェフリー、あなたと仕事するときはいつも
作業着か山の格好だったもの。
こんな靴もドレスも着て見せたことなかったでしょ。」
階段を上りながら、振り返って言う。

「外側ももちろんだけど、僕がいわんとしているのは、
それだけじゃないんだよ。」
彼はさわやかな笑顔をたたえて、私を見上げている。

「わかってるわよ。
恥ずかしいからさらっと流しとこうよ、そういうのはさ。」

「照れ屋なところは変わらないね。」
彼は笑った。
そういう彼はというと、3年前とちっとも変わらず、ますます年齢不詳。
おそらく40手前くらいにはなっているはずなのに、
30代半ば、30前半くらいにしかみえないようなときもある。

ホームパーティの会場は11階。
エレベーターを降りるとすでに玄関のドアは開いていて、
広い応接間の壁をぐるりと広くくりぬいた窓から、
セントラルパークの緑と、マンハッタンの高層ビル群の景色が見える。

「さぁ、パーティの始まりだ。」

景色に圧倒されて立ち止まってしまった私の背中を
元上司がそっと押す。

「名刺はちゃんともってきた?」

「えぇ。」

「偉いな。俺は忘れてきた。」

「えぇ?何しにきたのよ?」

夜がはじまろうとしているマンハッタンの真ん中で、
私は素っ頓狂な声を出して笑った。


2年前にフィアンセときたときは、
おもしろくない街と思ったけれど、
自分の足できちんとあるけば、悪くない。
むしろ、この街に既に集まってきている多くの人と同じく、
この街が好きだと思うし、憧れをもつ気持ちもわからなくない。

彼の言うように、2、3年くらいは
住んでみてもいいかも。
そんな風に判断するのは真冬にここにきてみてからか。



Cat Power

New York



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