2006年05月20日

Platinum cats



「それなに?」

滅多に口にしないブランデーに
ぼぅっとなり始めていた。
彼女はカウンターの隅でひとりMTVの映像だけを眺めていた。
その彼女の隣に彼はいつのまにかちょこんと座って
しげしげと彼女の指先を見ていた。
この一言でようやく、彼女は彼の存在に気づいたのである。

「これ?チョコレート。」

「青いよ。」

「そういうチョコレートなの。」
箱を彼に差し出すと、彼は嬉しそうに笑った。

「何飲んでるの?」
彼の目。大きな瞳孔を彼女はなんだか気に入った。

「関係ないでしょ。」と答えて
「ビッチ。」と言われておしまいにするにはもったいない。
今夜はどうにも気分がいい。
彼女はグラスをきゅと呷ると
彼の笑顔に笑顔を返した。

「ブランデー。いつもはビールなんだけど。
そこにいるおじさんがおごってくれたから。」

「そうなんだ。じゃあ僕にもおごらせてくれる?
日本のかっこいいお菓子のお礼に。」

プライマル・スクリームのスワスティカ・アイズが
結構なボリュームで店内を鳴らせている。

「何おごってくれるの?」

「ビールよりもっといいものでもいいよ。」

「ある?そんなの。」

「ホテルとか?」
真顔で言う彼に、彼女はけらけら笑った。

「冗談がすぎるわね。」

「そんなにおもしろかった?」

「えぇ。」

彼はふと、遠くを見るような目をして
一瞬の間をおいて
胸のポケットからセブンスターを出した。
それを口にくわえるでもなく
指先でもてあそんだ。
彼女はその指先をぼぅっとした視線で眺めた。

「僕には、そうでもないんだけど。」

「そう。」

「じゃあ、ビール飲む?」

「うん。ありがとう。」

「煙草すっていい?」

「どうぞ。」

彼が最初の煙を吐いた瞬間
彼女は子供の頃に食べた
牛乳に浸したスナックパンの味を思い出した。
その煙の匂いは、その頃の記憶なのだ。



Platinum cats
不二家 chocolat NY


2006年05月09日

nirgili



事務椅子に腰掛けて、白いジャケットを脱いだ。
胸元が大きく開いたピンクのフレンチスリーブは
チョコレート色の肌にぴったり。
大きなおっぱいの先に乳首がくっきり透けてみえた。

「あなた、ブラしてないの?」
彼女は、こういうことを遠慮なく聞く。
「してるけど、なんていうか、私の乳首ってとっても強いのよ。」
細く編みこんだ髪を揺らしながらリニーは笑う。

「パッドほとんどないんじゃない?」
彼女がそういうと
リニーはぺろんと胸元を開けて、ブラを見せてくれた。
紫色の薄いレース。
「ふーん。ずいぶんうすっぺらなのね。」
彼女は生地の感覚を確かめながらいう。

「えぇ。そんな上乗せする必要ないじゃない。」
「そうよね。というか、それはずいぶんな嫌味ね。」
彼女はふふふっと笑って、パソコンのスイッチを入れる。

「お茶いれましょうか?」
ログインして彼女は言う。
賑やかなバーやカフェだと聞き取れないくらいの静かな声は
ここだとはっきり聞き取れる。
「うーん。悪くないわね。お願い。」

ポットに茶葉をスプーン1杯。
お湯をざぁっと入れて少しかき混ぜる。

シンクにもたれかかって腕組みをし
彼女はリニーを見た。
赤いバブルガムをぷぅっとふくらませて
ぱちんと割る。
それを繰り返しながら、壁際にずらっと並ぶ書籍を眺めている。

「これ、全部読むの?」
彼女とは逆でリニーは声も表情も動きも全部大きい。

「いいえ。私のじゃなくて大学の図書よ。ほとんど。」

「じゃあここは図書室なわけ?」

「うーん。機能的には、半分そう。
でもどの部屋も本ばかりよ。この辺りは、特に。」

長くてくるんと上を向いたまつげが
逆光の中でもしっかり主張している。

何もかも。
何もかもが強くて大きくて派手。
それがリニーの魅力だけれど、時々彼女は辟易するのだ。
大きな笑い声だとか、大きなリアクションとかに。
大きく見開いた目だとか、くるくるよく変わる表情だとか。
自分のテンションだけでしゃべり続けるところとか。
要するに、時々ついていけない。


気を取り直してお茶を注ぐ。

リニーは部屋に一瞬にして漂った香りを敏感に嗅ぎ取って、
さらにご機嫌な調子で言った。
「こんなところでブラックティーが飲めるなんて。
ちょっと気温は暑すぎるけれど、いいわね。仕事上がりの一服。
これからボクシングなのに、こんなにまったりしていいのかしら。
まぁ、ファイターにも休息は必要よね。
えぇ。そう。ばちは当たらないわ。なんてね。」

「日本人がいつでもグリーンティを出すとは限らないのよ。
お砂糖は?残念ながらミルクはないんだけど。」

「砂糖?もちろん。」

「1杯?」

「えぇ。完璧。小さじね。小さじ1杯。」
彼女はそれに笑顔で応え、砂糖を一匙すくって入れた。


決して、嫌いなわけではない。
むしろ好きだからこうして、
向かい合わせでお茶を啜っているわけだが
時々彼女は疲れてしまう。

彼女がリニーに微笑むのは慈愛なんかでは決してない。
罪悪感に微笑むのだ。


mariage freres
とてもおいしい紅茶やさん。


2006年02月14日

hot chocolate



新しいアイライナーとリップを買って
家に帰る途中でスーパーに寄る。

バター、純ココア、薄力粉、特価の卵をカゴにいれ、
お菓子のコーナーで一瞬立ち止まったものの
ぐっと我慢してレジに急ぐ。

小さいおばさんたちのお尻と胸の間をするりと抜けて店を出た。
空は青いし、日差しも気持ちがいい。
このまま川原にでかけて昼寝でもしたい気持ちに駆られるが
ぐっと我慢して家路を急ぐ。

「ただいま。」と言うより先に、コートを脱ぎ、ソファになげる。
昨日の夕方、すりゴマをたっぷりふりかけたきんぴらごぼうを肴に
芋焼酎を呑みながら観た「アメリ」さながら、編み込みにまとめた髪。
乱れないように気をつけて、エプロンをかぶる。
アボリジニ製のタフで優しい石鹸で手を丁寧に洗う。


お菓子を作るなんていうのは、何ヶ月ぶりのことだろう。
前回作ったのがいつだったかも思い出せない。
もう年レベルで作っていない気がする。

たまにすると気分ものる。
いつもは適当にぐちゃっとまるめて使う計量用の広告紙も
きちんと折り目正しく箱にしてしまったし、
型にしっかりバターを塗りこんだし、
粉だって2回もふるってしまった。


おかず作りよりもお菓子作りの方がよっぽど雑念が多いのはなぜだろう。

白くふわふわになったバターはそのまま
カリッカリに焼いた薄いトーストに塗って食べたくなる。
黄身の濃い卵はそのままフライパンに落として半熟の目玉焼きか、
熱々炊き立てご飯に落として、醤油をちょろっとかけてさらさら食べたい。
ふわふわの薄力粉の山に指を突っ込みたくなるし、
ラム酒はそのまま舐めて味わいたい。


ぼてっと重い生地を型につめて、念入りに空気を抜く。
本来温めておくべきであろう冷え切ったオーブンに突っ込み
温度と時間をセットする。

粉物にしか使っていないような道具は先にさっと洗ってしまい、
バターでベトベトの道具は、ポットの熱湯を盥に汲んで洗う。


彼にお菓子を作ってやるのは、考えてみれば初めてである。
喜んでくれるといいなと、真っ赤なオーブンの中をのぞいた。



rip slyme
オフィシャルサイト。

hot chocolate
by warner music japan




コレ レシピ。

2005年11月29日

guatemala



香ばしいパイの屑のように
落ち葉が重なっている。
さくさくと音を立てながら自転車をとめた。

今日は特別寒い日ではない。
それでも、風が吹くたびに色あせた葉はぼろぼろと落ちた。

彼女は身の丈以上もあるマフラーを巻きなおして
人々の間をすりぬける。



今日は祭り。
色とりどりの民族衣装、肌の色。
人々に共通しているのは笑顔。

彼女は携帯電話をあける。
着信はない。

彼の姿を探す。
それらしい人はいない。


 自分から誘っておいて、なんて人かしら。

彼女は少し心細くなって唇を尖らせる。


祭りの端まで来ても彼の姿は見つけられなかった。

もう一度、携帯電話を見る。
その行為が無意味なのはわかっていた。
顔を上げて周りを見渡す。


目の前のブースに、見慣れた顔。
山岳民族みたいな服装に生真面目そうな顎。
彼女を見つけて、手を振る。
難しそうな目元が徐々にほころんで、笑顔と共に目尻がくちゃっとなる。

「あれ?ひさしぶり。」
彼女は笑顔で手を振り返す。
「驚いた。何してるの?」

「ここでコーヒーを売っているんだよ。1杯どう?」
彼はブルーのマグを手にとって、こちらを見る。
「あ。じゃあ、いただくわ。」

彼がコーヒーを注ぐのを見る。
その隣で落花生のカレーがコトコト湯気を立てていた。

「アメリカに、帰ったんじゃなかったの?」
「うん。帰ったけど、すぐまたこっちに戻ってきたんだ。」
「仕事は?」
「このNPOで働いてるんだよ。はい、100円ね。」


ふーん。

感嘆とも無関心ともとれるような
曖昧な相槌をうって、カップを受け取る。



コーヒーはなみなみと黒くて、強い濃い香りがする。

彼女は砂糖を3さじ入れて、淡いキャンディー色のスプーンでかきまぜた。


初めて会った時、彼はお坊さんのように頭を刈っていた。
今では柔らかそうなハチミツ色の髪がくるくる伸びている。


 別に、ハゲだから剃ってたわけじゃなかったのね。


彼女はこっそり納得して、コーヒーを啜る。





催し物の終わったステージの上で
いろんな人種の子供たちがはしゃぎまわる。


「世界があのまま大人になればいいね。」
彼は静かに頷く。
瞳は西陽を吸って、ユリの花弁のつけ根のような淡い緑色になる。



彼がいつまでこの街で、走り回るのかは
彼にすらわからない。

「また、どこかで会おう。必ず。」



空になったカップを返した彼女に
彼はそう言った。
初めて会った時と同じ、お坊さんみたいな真剣な顔で。




peace winds japan
手軽にフェアトレード。



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