2005年12月02日

Only on Mondays




ひやりとしたヨーグルトが白い肌を滑って
青いシーツの上にぽったりと落ちる。

「何も敷かなくていいの?」
彼女は静かに言う。

彼は少し考え、部屋を出て、すぐ戻ってくると
小さなタオルを彼女の下に広げた。

そしてまた、一匙ずつ掬っては、
彼女の肌の上に塗り、舐める。


彼女はその様子をじっと見ていた。
ほどけた長い髪がゆらゆらと彼の額を撫でる。


じっと息を詰めて眺めながら
どうして突然、こんなことをしようと思いついたのか疑問に思っていた。

思いつきであったとしても、何かインスピレーションがあったはずだし
実際の行動に移るには、十分な欲求が必要だろう。

ヨーグルトを塗って舐める。
この行為はフェチズムの領域だと、彼女は割り切ることにした。

明るく染めた彼の髪を撫でる。


ヒーターがひどい音を立てる部屋で
時折、彼がため息をついては、彼女の唇を求めた。

ランダムに再生される音楽は
ブラームスから、ラモーンズ、ベベウ・ジルベルトからマイルス・デイビス。
テーマとしての一貫性は皆無。
ただ、彼の「お気に入り」であるだけだ。


ヒーターと一貫性のない音楽の渦で
彼はひたすら、彼女の肌を舐める。
彼が何度も彼女を讃え、懇願しても
小さく息を吐くばかりで彼女は何も言わなかった。



彼が彼女に会うのは決まって月曜日の夕方だ。
次の日から、仕事が始まる。


タブーは体を重ねることだけ。
どちらが言い出したかも覚えていないが
二人はどういうわけか、頑なにそれを守った。


彼は彼女の体を愛していると言うが
彼女を愛しているとは決して言わない。
彼女は彼女で、彼について何も愛してるとは言わなかった。

互いが愛されることを拒んでいた。
愛してくれるなら、受けとめられるはずなのに
望んでいないことは、互いに、直感的に、察していた。



ヨーグルトはもうすぐおしまい。

へそのくぼみに溜まったヨーグルトを掬うように舐めると
彼女は堪えきれず笑った。


彼はまた、何か思いつき
冷蔵庫を開け、何かを握って持ってきた。

氷だった。


彼女の肌に置く。

つるつると溶けながら滑る。

その肌に、ふつっと鳥肌が立つ。


彼はその氷を彼女の体に這わせると
抵抗する間もなくするりと彼女の体の中に埋めてしまった。


いやに冷たい腹が不快だった。

取り出すように彼に言った。
口調はだんだん強くなる。

「そのうち溶けるよ。大丈夫だよ。ごめん。」と彼は
ガタガタと震えて涙目になる彼女を宥めるように抱きしめた。


しばらく抱きしめられたまま、彼女はうとうと眠った。
そうしてるうちに氷は腹の中で溶け出して、じわじわとシーツを湿らせた。


ふと、目が覚めて立ち上がると足の間から温かい水がぱたぱたと落ちた。


隣でぼんやり目を覚ました彼に
「破水ってこんなかんじかな。」と言うと、
彼は笑って
彼女の顔を両手で掴み、優しくキスをした。





月曜日のユカ
中平康(1964.日活)


2005年11月30日

le mepris



黒い鉄格子の門は開かれているのに
奥はいつもよりなんだか薄暗い。
ちょうど目線の高さに
closedの看板が掛かっていることに気付く。


水曜日の街は、少し閑散としている。


待ち合わせの場所に先に着いたのはこれが初めてだ。
彼と会うのはもう、何度目になるんだろう。

「カフェ、今日はお休みみたい。」
どうせ数分後には会うのに彼女はメールを送った。


彼が来るのを待つ。
どっしりした黒の門があるこのビルは
まるでそこだけ、パリのような雰囲気。


彼の姿が見えるなり、
「しまってるわ。」
と彼女は言った。
「知ってるよ。君のメールを読んだからね。」
と彼。

「別のカフェを探してみようか。」

二人は交差点を渡って、裏通りを歩く。
大衆食堂の合間に小さくてセンスのいいブティックが並ぶ。

ウィンドウを覗き込むこともなく、黙々と歩く。


天井から床まで白い空間に赤の椅子。
1m程の巨大な柱サボテンが林立する鉢が奥に置かれている。
二人はそのすぐ隣の二人用のテーブルに落ち着く。


彼のシャツは紺に刺繍の小さな蝶がドット状に並んでいて
彼女のブラウスは純白に針抜き刺繍の花が並んでいる。

こういうささやかな偶然や一致に
気付いたり屈託なく喜べたりする人を彼女は好んだ。



彼はコーヒーフロートと悩んだ挙句、カフェオレを
彼女はアールグレイのストレートを注文する。



彼は彼女が好きだった。
彼女は昔の男を想っていた。
誰の気持ちもすべて一方通行で、流れ着く先はなかった。
紅茶のカップからもれる湯気のように
半端なところで空中に飛散していくばかりだった。


愛はあふれるほどあるのに
受け止めてくれるものがない。
これが二人の構造。



「君は時間をむだにしている。」
彼はそう言った。

むだにしているんではない。
適当なタイミングを待っているだけなのだと
彼女は淡々と答えた。


3杯目のお茶を注いでいるときに彼女が考えていたことは
一方が珈琲で、もう一方が紅茶というのは
あまりいい選択ではなかったな
ということ。

だからといって、急いで紅茶を喫するような女ではない。
彼女は最後の一滴までゆったり楽しんだ。
それが一番の作法だと思い込んでいる節がある。


店を出る時には入った時よりも、ぐっと気温が下がっていて
二人はドアを開けた一瞬にひるんだ。


彼はつきささりそうに細い指に触れる。
確かめるように、そっと握る。
彼女は握り返さず、かといって
振り払うわけでもなく歩いた。

車道を急いで渡るときにようやく指がほどける。
彼女は両手をポケットにしまった。
「寒いわね。」

「でも、君の指は温かかったよ。」

「温かい紅茶のおかげね。」


黒い門のカフェの前で、二人は
「じゃあ、また。」
と言った。



彼はもっと一緒にいたいと思っていた。
彼女は彼が、そう言わないことに驚いていた。

そしてさらに驚いたことに
そう言ってくれたら、いいのにと思ったのだ。


その気持ちが本当に彼を求めているのか
ただ独りでいるのがつまらないからなのかは
おおよそ判断がつかないまま

「気をつけてね。」と言いながら、
彼が遠慮がちに触れた小指の脇の感触を
思い出してばかりいた。





軽蔑
jean-luc godard (1963.France)


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