2006年02月21日

closer



とろとろに煮込んだ白菜のキムチスープをすすりながら
エンドロールを見送る。

「さて、この映画どう思う?」
目を合わせると二人同時に、同じ言葉を発する。
タイミングは若干、彼女の方が先だった。
「失礼」と彼女はつけたし、彼は「構わないよ」と笑った。

「第1に・・・大きな見所はないし、起承転結もはっきりしない映画ね。」
と彼女が口火を切ると彼はこくりと頷いた。

「でも、それが欧州映画よ。起承転結がはっきりしないのも現実的だわ。」

「まぁ。そうだな。」

「魅力をあげるとすると、洗練された会話、機知に富んだやりとり。」
「あぁ。会話はおもしろかったね。」

しばらく笑えた台詞を言い合ってくすくす笑う。


「どのキャラクターが一番好き?」
彼は彼女の眼鏡を取り、弦をきちんとたたんでテーブルの端に置いた。

ぼんやりした視界の中で彼を捉え、彼女は答える。
「うーん、アリスよ。間違いなく。」

「僕はラリーだな。間違いなく。」

「あら、どうして?」
聞きながら、なんとなく理由はわかっている。
ラリーは4人の中で一番、彼に近い。
単純で、超単純。傷つくのを極端に恐れている。

「あいつは唯一、嘘をつかなかったから。」

彼がそう言うなり、彼女は目をまん丸にした。

「ついたわよ。」

「いつ?」

「最後に、アリスとやったって嘘ついたじゃない。」

「あれはうそじゃないだろ?ホントにやったんだ。」

「してないわ。」

「アリスもやったってダンに言ったじゃないか。」

「やってなくても、そう言わなきゃいけなかったからよ。」

「そんなことないよ。じゃあ、もう一度確認してみよう。」

チャプターメニューを開き、アリスが白状するシーンをサーチする。

”嘘はつきたくないけど、真実も言えないわ。”

アリスの台詞で一時停止を押す。

彼は両手をあげて「ほらね。」という。
彼女は彼の単純さに若干呆れる。
言葉の表面だけで読めるなら
人間はもっとわかりやすい生き物であっただろう。

「これは論拠になりえないわ。」

「どうして?だって、アリスはこう言ってるんだよ?」

「どんな嘘もごまかしも演技も使うわよ。・・・女なのよ?」

「うーん・・・。よし。整理してみよう。アリスはなぜ最初、白状しなかったか?
ダンがそれで逆上すると思ったからだ。だろ?」

「違うわ。彼の疑惑に絶望しながら、それでも希望を探してたからよ。」

「どうしてそう思うの?」

「真実が何であれ、彼は”やった。”と言わなくちゃ、納得しないの。
それって絶望的じゃない?
愛してる人に一生疑われたまま、一緒になんていられないし、
アリスはすごくすごく傷ついたんだと思うの。ダンが浮気を告白した時よりも。」

「嘘をつく必要は無いじゃないか。」

「この映画は結局のところ、そういうふうに作られているの。
観る人それぞれの感性なり感覚なりに委ねられてるの。
あなたがアリスを嘘つきの天真爛漫な尻軽女だと思うならそれでいいし、
私がラリーをバカの単細胞男と思うならそれもまた真実なの。
何が真実なのかは誰にもわからないし、場合によっては無意味なもの。
その浮ついた真実ってものに人は囚われ、傷つけ合い、苦しむ。
それがこの映画のベースになってる哲学だと思うわけ。」

「ふーむ。なるほど。そう考えると面白いな。」
彼は顎鬚をぽりぽりと掻くと、一瞬間をおいて聞いた。
「じゃあ、どうしてラリーは嘘をついたと思うの?」

「男のエゴよ。」

「そうか。うーん。そう言われたら、それもありかも。」
彼は目をきゅっと閉じて考え込んでいる。

ふと目を開けた彼が彼女の目を覗き込む。
「どうしたの?」
そう言って、彼女の頬に指先を触れた。

「どうもしないわ。なぜきくの?」

「泣きそうな顔をしてるから。」
そう言い切らないうちに、彼は彼女を抱きしめて、頭を優しくなでた。

「思い出しただけよ。」
彼は、何を?とは聞かなかった。
そうか。とだけ呟いて頭を撫で続けた。



closer
mike nichols (2004, america)


2006年01月26日

bande a part



爪にのせた瞬間、ぎょっとした
ママの作業机の上においてあったマニキュア。

「チョコレートみたいな色。」
と言って、彼は齧るふりをする。

ぼんやり照らされた天井を眺める彼女は
その指を力なく、ひたりと彼の頬に置いた。

「どうしたの。」
心配そうな彼の瞳を一瞥もせず天井の模様を見つめ続ける。
何でもないとき、むしろ答えたくないときに限って、
彼は彼女の気持ちを気にかける。

「何でもないよ。」
彼は身を起こして、彼女の視界にむりやり入りこむ。

「何考えてるの。」
じっと、私の目をみて、頬に触れる。

「たいしたことじゃないわ。」
「何?たいしたことじゃなくても話して。」

彼女はじっと黙り込む。
沈黙の間も、彼はキスでごまかしたりしない。

耳の傍で、時計の針がするすると進む音が聞こえる。
音がしない作りの秒針もこちらの沈黙には勝てない。

目を逸らした彼女に諦めるかのように彼は頭を枕に戻す。
それを待っていたかのように、彼女は口を開く。
「1年後のこと、考えてたの。」

「それはたいしたことある議題だよ。」



先週の真夜中。
環状線を半時計周りしている時に
彼がふと話した将来の話。
英会話教師は30越えてまでやれないと思ってること。
一旦国に帰って、大学に入りなおすこと。
職になる専攻を新しくとろうと考えていること。
その間も日本語の勉強を続けること。
きちんとした仕事に就いて、またすぐ日本に戻りたいこと。

一通り質問と回答を繰り返し、最後に彼が逆に彼女へ質問をした。
「君は、どうおもう?」

静かで速い電車の中で、疲れていたのもあるけれど、その前に
彼が将来についてこれだけ考え始めたこと、それを自分に話したことが
彼女は軽く衝撃で「いいんじゃない。」としか言えなかったのだ。

30歳というのは、やはり強力な節目なんだな。
彼女は車窓越しに流れる夜景を呆然と眺めてそう、思った。



彼女はまた、薄暗い天井を見たまま呟く。
「最低でも、1年はこっちにいるんでしょ。」
彼が温かい手でそっと腹を撫でた。

「最長でも、1年。もっといたいけど、いつか区切りがいるなら早い方がいい。
僕ももう若くはないから。」

その通りだ。
それでも、先週よりもショックだった。
手を伸べても届かない場所にはなればなれになってしまう。
今年は忙しくなる。1年なんてすぐに経ってしまう。

彼女の目から大きな涙がぼたぼた落ちた。
それは派手に枕にはねて、散った。

「大丈夫。心配ないよ。」
彼は困ったように笑って、彼女の顔をがしがし拭いた。

嗚咽するわけでもなく、ただ涙が止まらない彼女を
彼は必死に宥める。

「1年は長いよ。僕は明日帰国するわけじゃないんだから。」
「本当に、心配ないよ。」
「泣かないで。ほら。こちょばすぞ。」
「なんで泣くの?訳をきかせて。ほら、耳はここだよ。」

自分の子供っぽさが嫌になる。
彼女はそう思った途端、顔を手で覆って泣いた。

「あなたと一緒にいたいの。」
涙に溺れてしまわないように一単語ずつ確認するように彼女は答えた。

彼は彼女を強く抱きしめて、小さな声で
「僕も一緒にいたい。」と言った。
驚異的に滑らかな日本語で。



はなればなれに
jean-luc godard(1964,france)




追記 chers lecteurs,

2006年01月07日

coffee and cigarettes



それぞれブレンドを注文する。

アメリカンコーヒーなんてふざけたコーヒーを彼は飲まないし、
彼女も最近ではブレンドかカフェモカと相場が決まっていた。


入り口近くの小さな2人用のテーブル。
彼女の足元には「穴」と書かれた小さなガムテープが
木張りの床に貼りつけられている。

意識してフロアを見渡すと、他にも「穴」はいくつかあるようだ。
ピンヒールの踵なら確実に刺さってしまうだろう。

お店の女の子が何も聞かずに置いていった灰皿用らしき小皿を
ぺっと一番壁際に寄せると、彼女はまじまじと彼の顔を見つめる。


ぼんやりした顔が視線に気づいてニコリと微笑む。


「昨日の夜はね、バーに行ったんだよ。」

「それは、もう聞いたわ。」

「でね、ジョージとリンと一緒に飲んだよ。」

「2人とも元気だった?」

彼女は冷たい水をちびりと啜る。

「めっちゃ元気。でも、いつものパブの方は閉まってたよ。ありえない。」

「大晦日はしめるわよ。大抵どこも。」

「でね、正月には神社に行って、鐘を25回鳴らすって本当?」

「何それ。どっから聞いてきたの?」

「ジョージかリンから。どっちだっけ。覚えてない。」

「大晦日に寺に行って108回鐘をつくってのはあるけど、
25回なんて何のことかもわかんないわ。ほんとに25回って聞いたの?」

「たぶん。でも、違うかも。」

彼のグラスにはすでに氷もない。
彼は水が好きだ。ヒヤシンスみたいだと彼女は思っている。


丁寧に淹れられたコーヒーが運ばれてくる。
彼女は砂糖を3杯、こぼさないように慎重に入れ、
彼のコーヒーにも2杯、入れる。

彼女がコーヒーをいつまでも掻き混ぜている間に
彼はミルクをそっとたっぷり注ぐ。
一旦沈んでじわりと浮き上がってくるミルクとコーヒーのマーブル模様を
嬉しそうに見つめた。

「この瞬間が好きなんだ。」
彼はいよいよ嬉しそうに呟く。

彼女もまた、掻き混ぜる手を止めて、その白に見入っていた。

「奇遇ね。私も。」

「でも君はいつも砂糖しか入れないじゃない。」

「あなたが入れるからそれでいいじゃない。」


彼は気休め程度に匙で掻き混ぜると、
難しそうな顔をして一口啜る。

そして1人、「ふむ。」と納得して、カップを皿に戻すのだ。
そのもっともらしい様子を見て、彼女は微笑み、それを隠すように
自分もカップを口に運ぶ。

「この音楽誰か知ってる?」
と彼。
「ジャック・ジョンソン。元サーファー。」
彼女は即答する。
「へぇ。どこの人?」
「ハワイでしょ?」
「へぇ。いいな、ジャック・ジョンソンか。」
と彼は名前を繰り返す。

もう1回くらい声に出して言ってみないと覚えられないだろう。
彼は記憶力が弱い。
昔ハッパばかり吸っていたせいだと、彼女はそう思うことにしている。

彼は彼女の手をさっと拾い
「いいお正月だね。」と言うと
血色のいい指にキスをした。

彼に手を握られたまま
「まさしく。」と彼女は答える。

温度も濃さも砂糖の加減も、ちょうどいい昼下がり。



coffee and cigarettes
Jim Jarmusch (2003,America)


2005年12月19日

BAPEЖKA



彼女は小走りで、銀色の車の助手席に乗り込む。

「あぁ。寒い。」

彼は彼女の冷たい頬にキスをする。

「さて、どこにいこうか。」


彼は適当に車を走らせる。
お得意の、ただのドライブ。

黄色の信号で大人しく止まった彼は
「会いたかったら、毎日でもメールしていいよ。」
と言った。

「何?恋人とけんかでもしたの?」
彼女はわざと意地悪そうに笑う。

「うん。まぁそれはよくあることだ。」

「あなたが休暇でしばらく帰国しちゃうのがイヤなんでしょう?」

「まぁ、そんなところかもしれないね。最近、全然話してない。
生活リズムも全然違うし。」


さっきから鼻をシュンシュンさせていた彼は
後部座席をごそごそ探り、鼻をチン!とかんだ。

あ。と言った途端、突然爆笑しだす彼を
彼女は訝しげに見つめる。

「何よ?」

「ごめん。タオルかと思ったら、おまえの手袋だった。」



彼の手中の鼻水でずるずるになっているであろう手袋を眺める。

数秒後
「もっとよく確認しなさいよ。鼻水なんて焦ったことじゃないんだから。」
と、彼女は笑った。

「怒ってる?ごめん。」

「いいわよ。どうせよく知らない人にもらったボロボロ手袋だし。」

「は?どういうこと?」

「電車で会ったニューヨーク人が寒いだろうからってくれたの。」

「ナニそれ。ナンパ?」

「知らないわよ。」


彼女は確かに少し残念に思ったが
彼には全く気にしていないふりをした。

「家帰って、俺のでよければあげるよ。」

「いいってば。」

「でも、ないと寒いよ。ちょっと、取りに戻ろう。」

彼はすぐさま引き返す。
車を家の傍に止めると、
「1分くらいで戻る。たぶん。がんばる。」と言ってドアを閉めた。


5分以上経って彼がまた、大笑いしながら帰ってきた。
どうしても片方しか見つからなかった手袋を彼女に投げて渡す。

「ホントごめん。コンビニでよければ新しいの買ってあげる。」

「いいってば。」

「よくないよ。本当に寒いから。」

一瞬で
ボロボロだった手袋が、新しい生地のしっかりした手袋に変わった。


「君といると俺の世界は最高にクレイジーになる。」
彼はよっぽど楽しいらしく、いつまでも笑っていた。

「それは私のせいじゃないわ。
あなたがいない時は物事はもっと静かに進むもの。」

「じゃ、俺らがクレイジーなんだ。」

「なんでもいいけどクレイジーの9割はあなたよ。」
と笑う。

彼が行ってしまう前に、
もう一度くらい会いたいなと
彼女は思った。



ミトン
Roman Kachanov (1967.russia)


サンプル。
by macromedia flash player


2005年12月03日

the brown bunny




頬を少し赤くしながら、彼女は隣の男と楽しそうに話をしている。

よく笑い、よく話す彼女を見て
少し離れたところから、彼は嫉妬した。

さっきから減らないビールを前に
彼は携帯電話をポケットから取り出す。

「帰る前に少し、話がしたい。」
メッセージを送信する。


彼女はその着信にも気づかない様子で
一緒にいる色の白い男と、楽しそうに笑う。
男は彼女の上司で
よく二人きりで飲みにでかけると聞いた。

「デートか?」と聞くたび、彼女は否定した。

「ありえないわ。」



彼女の気配にばかり囚われていると
店員が彼を心配し、話しかける。
それでも、彼の気はそぞろなままだった。


上司の腕時計を見て少し驚いた顔をした彼女は
コートのボタンをきちっと留め、残りのビールを飲み干す。


彼女は、そばにいた背の低いオーストラリア人と
2、3冗談か何かを言い合って、笑い、手を振った。
店員たちとも冗談を言い合って、挨拶をする。

社交的で奔放な彼女は、どこに行っても知り合いがいる。
彼はそれを疎ましく思い、彼女を傷つけたことさえあった。

上司と二人で店を出る。
その直前に彼女は彼にも手を振った。
彼女を追いかけるかどうか、彼はしばらく逡巡する。

少し経って、店のドアに何かがゴツンとぶつかった。

彼女の自転車だ。

彼女はもう一人のオーストラリア人とドア越しに挨拶を交わす。
でも視線は彼に注がれている。
彼は2口飲んだだけのビールを置いて、店をでた。


「どう?酔ってる?」
彼は彼女に聞く。

「ええ。でも少しだけ。そんなにひどくはないわよ。」
と彼女は言った。

「キスしてくれる?」
彼はそう言いながら唇を彼女に近づける。
彼女は少しためらいながら、唇を重ねた。
その甘さに彼はぶっ倒れそうになる。
何週間ぶりのキスだろう。


「ずいぶん、酔ってるみたいだな。」と、彼は言った。
酔ってなかったら、彼女はキスなんてしない。
彼はそう、思っていた。

「酔っ払いの女はだらしなくて、嫌いだ。最悪。」
と、彼は言う。そういう彼も、十分酔っていた。

「お好きなように。」
と彼の期待に反して、彼女は無頓着に言ってのける。


そのつんとした横顔に彼は見惚れた。
橙色の街灯が、彼女の睫毛の影を頬に長く落す。
短く切りそろえられた、丸い小さな爪。
自分でも嫌気がさすほどに、彼女が好きでたまらなかった。



「心配だから送るよ。」
彼女は、大丈夫だといいながら、
そうしたいなら勝手にすればいいと答えた。


その素っ気なさすら、彼にとっては愛おしかった。




the brown bunny
vincent gallo(2004.America)


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