2008年09月09日

Jammin'



太腿をちらちら振り返ってみてばかりで、
ほとんど正面を見ないドライバーにうんざりしつつ、
タクシーをかなり手前で降り、というのは、
休日の夕方に海水浴をしにくる
現地人でビーチの駐車場がごったがえしていて、
それ以上進めなかったからであり、
私は熱気ムンムンの人混み、バイク混みの中をずしずし歩いた。

ドライバーのしつこいナンパに疲れたので、バーで一服。
地元民でごった返してはいるが、
地元民はこのグリルバーにはほとんど来ないので、というのは、
この店のだいたいのターゲットは、
ビーチの露天商に怖くて近寄れないもしくは、
こざっぱりしたところで飲食をしたい外国人観光客だからで、
地元庶民には高いし、ローカルプライスの2、3倍の値段を払うほどの
価値は見出されないからだ。閑散としていた。
暇そうなスタッフらとパズルを解く、ちびっこらと絵本を読む、
などして、しばらくまったり過ごし、
きりがいいところで部屋に戻って、
テラスで少し読書をしたり、繕い物などをしたりして、
夕方のシャワーを浴びた。
この部屋のシャワーから温水を出すには少し工夫がいって、
目一杯熱湯を出してから、マジックで印されたところまで戻し、
冷水の蛇口を目一杯ひねらないと、いつまでたっても温水がでない。
しくみがどうなっているのかよくわからないけれど、
いつもこの部屋に泊まるので身についたものだ。
ちなみにこの部屋、ドアを閉めるにも工夫がいって、
少し上にひっぱり気味にしないと、床をすってスムーズに閉まらない。
そんながたがたな部屋だけど気に入っている。
チェックイン・アウトの時間が決まってないし、
スタッフが周囲にいなくても、
勝手に引き出しから鍵をとって、
勝手に部屋に上がっていて構わないユルさがすばらしい。

髪をタオルでわしわしと拭き、ぎゅっとてっぺんでまとめる。
アイラインをしっかりとって、マスカラを重ね、
恐らく激しく日焼けしたであろう唇にリップを塗りたくり、
うなじやデコルテにもたっぷりチトラというローションを塗った。
それから、渡航の前日に一緒に居酒屋にいって、楽しく過ごした
バロンチャさんからのプレゼント、パシュミナのストールを巻いて
部屋を出た。
昼間みたいに水着に薄手のシャツ、ミニスカートなんて格好じゃ、
寒くて耐えられない。
バロンチャさんと飲んだ夜は、翌日のためにセーブしていた分、
彼女がおいしそうに次々グラスをあけるのが内心すごく羨ましかった。
平日はさすがにセーブして飲んだけど、
今夜は土曜、しかもグスも来る。
ぱぁっと飲み倒してやろうと、うっきうきで軽くスキップしながら、
門を出た。

バーでは新メニューでパスタが5種類ほど、
ハンバーガー類が5種類ほどできて、メニュー表にページが増えた。
私は少し辛目のルンダンと野菜スープを頼み、ビンタンを飲んだ。

グスは食事が終わって、
アラックとコーラを瓶で頼んだ頃にやってきた。
グスが辞めた後に入った新しい若いスタッフは、
遠慮して別のテーブルに移った。
プトゥだけは遠慮なく一緒に座っていた。
ラノムの夫のグストゥだけカウンターから、
普段あまりみせない笑顔を向けた。私も笑顔を返した。
なんだかんだ、私とグスの仲を心配してくれていた人の一人だ。

プトゥは満面ににやにや笑いながら、
「今夜グスが来るの知ってたの?」と聞いた。
「えぇ。だって8時って約束してたんだもの。」
「どうやって約束なんてできたのさ。」
「お昼に会いに行ったから。」
「は?グリヤまで?」
彼女はつい大きな声で言った。
それまではひそひそ話だったのに、グスにもばっちり聞こえる音量。
「そう。お散歩したのよ。」と私は言った。
「ずっとこっから、歩いてきたんだよな。ここをまっすぐ、だろ?」
「うん。そうよ。」
私は何でもないことのようにつんとして返事した。
「全然想像つかねぇよな。ウケる〜。」
グスはげらげら笑って、
「いい子、いい子、元気な子〜」と言って私の頬を両手ではさみ、
ぐりぐりにした。
「痛いよ、もう。」
私は、いやいやして逃げて、うひゃひゃと笑った。

「それでさ、ビーチのレストランのコックらに、聞いてさ、
わざわざバックヤードまで案内してもらったんだってよ。
俺、最初全然気付かなくてさ、うわっすっげー美人来た!!!
てか、なんで客がバックヤードに用があるんだ??と思ったら、
こいつでさ、も〜びっくりしたの、なんの。
髪型違うしさ。こんなぴんぴんに短いスカートはいてるしさ。
わかんねぇよなぁ。。。
しかも、後でコックとか、見かけたやつらに、
根掘り葉掘り聞かれて大変だったんだぜ。」
グスはものすごく嬉しそうに、プトゥに昼間のことを話した。

私はアラックを神様にお供えするために少し植え込みに零し、
それから、グスのグラスから注いであげた。

グスはコンピアンや、グストゥやお父さんにも、
プトゥに言ったみたいに、昼間の衝撃を話した。
みんながげらげら笑った。私も、グスも笑った。

私たちはアラックを1本空けるごとに、散歩をするといって席を立った。
ヘリポートまで歩いていったり、
カフェクラブのある駐輪場までいったりした。

いいのに。といっても、グスは私の夕飯代も一緒に払ってくれた。
店の片付けを少し手伝って、店を閉めた後、
マットのないビーチベッドに腰掛けて、
星を眺めたり、キスしたりした。
それから露天商でビンタンの大瓶を1本買って、
部屋に帰って2人で飲んだ。
ベッドに座ってテレビをつけたグスの肩の刺青をなぞりながら、
私はおもむろに切り出した。

「この前会った時に、ひどいこと言って、ごめんなさい。
まだ、あのときのこと、怒ってる?」

グスは私の頭をぽんぽんと撫でて、そのまま肩に頭が乗るようにした。
こめかみに、贅肉のない締まった肩を感じた。

「俺には怒れる根拠がないよ。否定されたのは、辛かったけど。」
グスは少し笑った。

「だから、今日はすごく嬉しかった。
会えると思ってなかったから。」

「私もまた会えて嬉しい。しかし、飲んだねっ、
今夜はもぅ酔っ払いだ。」

酔っ払いの私に、グスは温かいキスをした。
ビーチではオーストラリアからの冬風と冷たい酒で、唇が凍えた。
部屋の中はちょうど暖かくて、失った体温が急激に戻ってくる。
心地いい感覚。
グスの細い顎に触れた。
懐かしい、マルボロの煙が唇から伝わってきた。


Bob Marley



Jammin'

I wanna jam it wid u.

2008年09月07日

Baby Love



薄い群青の波の遠くの遠くまでをじっと目を凝らした。
今日。今日いくしかない。やるなら今日じゃなきゃ。
だって、今日は、こんな強い光に満ちている。

いくなら、
タクシーや乗り合いのバンに乗ってもよかった。

そうしたら、街の南部にある大きなホテルが並ぶエリアまで
10分やそこらで着くはず。
ゲートでセキュリティに挨拶をして、宿泊客みたいな顔で潜り抜け、
エントランスを抜けて、ちょうど暇そうなスタッフに声をかける。
「ここで働いているグスに会いたいの。
すごく細くて、最近働き始めたばかりで、フルーツカービングの職人。
あなた、わかるかしら?」

それだけ、のことなんだけれど、
10分やそこらでは覚悟が決まりきらない気持ちがした。
なんて情けない。
私はターミナルの方向に向かわず、ビーチ沿いの
きれいに舗装された歩道を南に歩き始めた。
歩けば、30分以上かかる。
それくらいの時間があれば、
グスに再会するかしないか、気持ちに整理がつくと思う。

私は歩いた。マッサージ屋さんの勧誘も、
お土産屋のアンナおばさんと娘のナジュワさんの呼び込みも断って。
前にあったことあるよね?という男たちにしらばっくれた。
立ち止まらず、歩き続けた。
最後にグスに会ったときのことを思い出していた。
最後の背中。「また明日ね。」と言ったのに、
返事をせず、門をくぐった。少し怒ったような横顔。
私は、少し気弱になって、歩き続けた。

同じ大きなカールのヘアスタイルの海賊版DVD屋の男の子が、
「おんなじ髪型だな!」と髪を揺らして大きな笑顔を向けた。
「えぇ、あなたによく似合ってるわ。」
「ねーちゃんにも似合ってるよ。美人だなぁ。」
周りの店番の男たちも、
「同じ髪型でもおまえとは全然違ってキレイだなぁ。」
と冷やかした。
私は、笑顔を投げて、歩き続けた。
グスの笑顔を思い出す。
へんてこな替え歌、私の髪をくしゃくしゃに撫でる、細い手。
私がいきなり職場に現れたら、グスはどんな顔をするかな。
やっぱり、目をまんまるにして、頭をぐしゃぐしゃに撫でるのかな。
それとも困った顔をするのかな。

それでも私は歩き続けた。引き返さなかった。

7歳くらいの男の子が2人道の真ん中でにやにやしている。
通り過ぎる時に、小さい方の男の子が私の胸の先に触れて、
きゃあきゃあ大騒ぎしながらビーチにかけていった。
「も〜スケベ!!」
くるくる振り返ってこっちを見る後姿に怒鳴りつける。
その先でヤシの根元に座っている、
おにーちゃん的な男の子たちも笑っている。
「次やったら、許さん」
許さんだってー。男の子たちはけらけら笑った。
つられて笑ってしまった。
子供たちの底抜けに明るい笑顔は、
どんな曇った気持ちもふっとばしてくれるんだった。
この国にきて、思い出すことの一つ。

ハイアットの前をすぎて、もうすぐ。
ようやくついた、王族の末裔が創業した由緒あるホテルは、
あまりに広すぎて、どっからどういけば
どこにつくのかさっぱりわからない。

ビーチ沿いのレストランの厨房の入り口で私は足を止めた。
「あの、すみません。人を探しているんですけど。」
調理人たちは、そこに5人くらいいたが、全員が律儀に手をとめて、
私を凝視した。
「誰を?」一番近くで、洗ったばかりのフライパンを拭いている
若い男が言った。

「グスっていう、ここで働いてる人で、えっと。。。わかりますか?」

全員がうーんと考え込んでいる。

「あぁ、もしかしてちょいデブか?」

私はぶんぶん首を振った。
「いいえ、すっごく痩せてて、それと、あと、
彫り物が得意です。フルーツとか。氷とか。たぶん木とかも。」

「あ!わかったぞ。呼んでくるから待ってな。
あ、それとも案内したほうがいいか?ついておいで。」

フライパンがひらめいた。同時に、他の調理人も、
ああ!あのグスか〜。という顔をした。

広大な敷地を歩いている間、フライパンは名を名乗り、
それからグスのここでの仕事を紹介した。
ホテル内のデコレーションを担当しているらしい。
「私、てっきり果物を細工しているんだと思ってたわ。」
「いや、もっと大掛かりなもの作ってるよ。今日は結婚式の飾り。
彼はバックヤードで仕事してるはずだよ。」

「そうなの。。。忙しいのに、わざわざありがとう。」
「いいんだよ。さぁ、ついたよ。ここがバックヤードだ。
グスは、どこだろうなぁ。」

今までの豪奢な景色とうってかわって、灰色のコンクリートの
長屋がずらっと続いている。
すぐ右手では女たちがウェディングケーキみたいに大きな
お供え用のバナナの葉を編んだものに、花を挿していた。

目線をずっと先に移す。
「あ。いた。」

グスはペンキまみれの黒いスラックスに、
ホテルのロゴの入ったスタッフ用のポロシャツを着ていた。
ひたすら目をまん丸にしていた。

「会えてよかったな〜!じゃあ、俺戻るね。」
フライパンはにこにこしながら、さくさくと帰ってしまった。

私は立ち尽くしてるグスの前にゆっくり歩いていった。
「こんにちは。元気?」
私は、右手を差し出した。

「元気だよ。どうしてここに?」
彼は、差し出した手を握り、
ハグほどくっつかない距離で、少し体を近づけて、
くるくるに巻いた髪をわしわしと撫でた。
「すっげぇ髪型。」
そういってガガガと笑った。

「歩いてきちゃった。」
「歩いてって、宿からずっと?」
「そうよ。それで、ビーチのコックさんたちに、きいたの。
グスいますかって。」
グスはまたガガガガと笑った。

「すげーな。俺に会うためにこんな遠くまで?」
私は、顔を赤くしてグスの腕をぎゅっとつねった。
「今日は、ひまだったから散歩してただけよ。」
私はむくれた。
「散歩っていっても、散歩って距離じゃないだろ。」
グスはおかしくてたまらないようで、ずっとげらげら笑っていた。

「今夜一緒に飲むか。で、一緒に寝よう。」
私はさらに顔を赤くして、腕を叩いた。
「寝ないわよ。そういうこと大声でいうのやめてくれる?」

「相変わらず片思いだなぁ、グス。」
グスの同僚が、げらげら笑った。彼とは、顔なじみだった。
「あら、あなたもここで働いてるの?ひさしぶりねぇ。げんき?」
「おう、まんまんよ。後で、グスと飲んでやってくれよ。な?
俺からも頼むよ。」

「ええ。じゃあ、飲もう。にーさんもよかったら来て。」
「あぁ、ありがとう。」

私はグスと携帯の番号を交換した。
それからアトリエの入り口に隠れて、ものすごく短いキスをした。

「いつもだったら4時で仕事終わるから、
ちょっと待ってもらったら、送ってあげれるんだけど、
今日は結婚式の準備があるから6時まであがれないんだ。ごめん。」

辺りにはスチロールを削って作ったモチーフがたくさん並んでいる。
青のペンキを乾かしている最中のは、
スピーカーのデコレーションに使うらしい。

「いいわよ。タクシーかベモで帰るから。
忙しいときに、ごめんなさいね。
じゃあ、私少しビーチでコーヒー飲んでから帰るわね。」

グスはビーチまで送ってくれた。
ちょうどまた、キッチンの前に出て、調理人たちが笑顔で
「会えてよかったなぁ〜!」と口々に言った。

グスは、去り際に「8時にバーで待ってる。」といった。
コーヒーを飲んで、少し波打ち際で遊んでからタクシーに乗ると、
グスからメールが来ていた。

「I LOVE YOU」

私は「うそばっかり」と返した。
それからすぐに「今夜、待ってるね。」と打った。

2ヶ月前の夜、もう会えないかもと思った。
それでもいいと一度は思った。
でも、また私たちはこうして繋がってる。
私の意志で。



Nicole Scherzinger

Baby Love
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2008年07月29日

Breathe


新宿の南口で。
俺、その辺ぶらついてるから、ついたら連絡して。

着信したばかりのメールに、
九段下駅に着いたところで、彼女はすぐに返事を送る。

了解。

昔付き合っていた男の子と、会う。
そんなことは、滅多になかった。
というか、今の彼以外になかったと彼女は思う。
わざわざ約束をして、会うなんて、
なんだかこそばゆい、というか女々しい感じがした。

彼は、彼女をふって、モトカノに戻った。
その後、学内で会っても、ほとんど話をしなかった。
どうしても避けられない場合に、
挨拶みたいな言葉をぼそっとお互い呟くくらいだった。

そんな2人だったけれども、どういうわけだか
3年ぶりに、2人きりで会ってコーヒーを飲む約束をした。
3年もたてば、わだかまりも解けて、
前みたいになんでも話せるだろうか。

先日偶然、出張帰りの電車で久しぶりに連絡をしたら、
彼は地元に移動する直前で、引越しが一段落した出発日の前日に
会う約束をしたのだ。
連絡をとったときは、まさか会うとまでは思っていなかった。

彼がどんな顔で待っているかと思うと、彼女は少し緊張した。

日本人にしては、非常に背の高い彼は、
それがコンプレックスになったのか、非常にナイーブだった。
よくくよくよしたし、理由もなく落ち込んでいることもよくあった。

アイポッドの音量を上げる。
彼が好きだったミシェル・ブランチ。
彼と別れた後、がむしゃらにギターの練習をした曲が順々に流れる。
彼と別れなかったら絶対、この曲も弾けなかっただろうな。
彼女は指先をトントン動かした。
コードはもうずいぶん忘れてしまっている。

南口について、電話をする。彼は東側から、ゆったりやってきた。
新宿の人混みの中でも、見失うはずのない長身。
私が気づいたときに、彼も私の姿を捉えて、手で合図する。


ひさしぶり。

笑顔で歩み寄る。
ぱぁっと曇りのない笑顔を向ける彼女に、
彼はナイーブなはにかんだ笑顔を向けた。

「相変わらず、カジちゃんは待ちあわせに便利ね。」

「それだけだよ、ほんとに。」

「元気そうで、なによりだわ。」

彼女は、学生の頃から強い女の子だった。
教授にも、社会にも臆せず物を言う子だった。
ただ、しゃべくりたおす押しの強い学生は何人かいたが、
彼女はそういうタイプではなかった。
一言二言、コアになる要点を言って、周りが呻る。
そういうタイプだった。
そして、この3年でその傾向は強くなりながら、
柔らかな雰囲気を持つようになった。

彼は、そういった彼女の変化を彼女らしいと思った。
そういうところに惹かれながら、
愛し切れなかった過去の自分の幼さを残念に思った。

「忙しいんだね。出張多いの?」

彼は言った。

「まぁね。働けど働けど、我が暮らし楽にならず。」

彼女は神妙な声色で、地面を見つめてとぼとぼと歩いた。

「なんてね。とっても楽チンに愉快に暮らしてるわよ。」

にっこり微笑む彼女の表情は明るかった。
都会的な、明瞭な気配に満ちていた。

湿っぽい小さな部屋で片づけをした後だったせいか、
余計になんだかさわやかに彼の目に映った。
左手の薬指のダイヤモンドも。きらきらと西陽を反射してまぶしかった。

「結婚したの?」
カフェの席につくなり、彼はきいた。
「まだよ。これは婚約指輪。もう、1年くらい経つし、
そろそろ法的手続きくらいは済ませておこうとは思ってるんだけど。」

「法的。。。」

「うん。相方、外人で戸籍ないからさ。」

彼女は通常のことのように話した。
外国人のいる生活。
彼にとっては非日常すぎて、少しめまいがした。

大学にいたときは、週末は、山だ畑だと出かけて
田舎遊びばかりしていた子だったのに、
いつのまにか公私ともにインターナショナルを謳歌している。
東京の街のことも、彼より遥かに多くのことを知っていて、
彼女はすっかり馴染んでいるように見えた。

「田舎には田舎のいいとこ、わるいとこがあるし、
都会には都会のいいとこ、わるいとこがあって、
私はどっちかの性質だけ取り上げて比較して、
あっちがいい、こっちがいいとはいえない鈍臭い神経を持ってるから、
かえってどこでも楽しく暮らせるのよね。」

彼女はコーヒーに砂糖を4つも5つも入れながら、
こともなげに言った。

「いや。それは器用じゃないとできないと思うよ。」
彼はすかさず、そう返した。
ミルクをたっぷり入れて浮かんだ模様を見届けてから、
ゆっくり匙でかきまぜながら。

「まぁ、そうともとれるわよね。まぁどちらにしても、
私はどこでも愉快に暮らせて、得な性格だってことは揺ぎ無いわね。」

彼女はすっとコーヒーを唇につけると、満足そうな顔をした。
「で、私のことはいいからさ、カジちゃんのお話してよ。
卒業してからさ、こっちの院にきて、どうだったの?」

「そこから?」

「えぇ。長ければ、ダイジェスト版でも可。
むしろその方が好ましい。」

「俺、説明とか苦手なんだけどさ。相変わらず。」

「そうなの?進歩ないわねぇ。」

彼女はそういうムカツクことをさらっと言う子だった。
そしてそれを引きずらせない言い方のできる子だった。

彼は、大きく息を吐いて、言った。
「まぁ、時間はたっぷりあるから。ゆっくり話すよ。」

彼女は、丁寧に彼の言葉をきいた。きちんと相槌をうって、
時にはげらげらと笑い、時には涙目になった。
感受性は、朝のニュースで泣いてしまっていた昔と変わらず豊かだった。

もし、あの時、彼女との別れを選ばなかったら?
お互いにそういう仮定を頭の中だけで繰り返した。

どっちにしろ、人生はいい方向に進んだだろうと彼女は思う。
彼は、もしかしたら大きな回り道や余計な傷を負わなくても
済んだんじゃないかと思う。

3時に待ち合わせて、3軒もカフェをはしごして、
再び駅に戻ったのは9時を回っていた。

「1週間分以上、しゃべった気がする。」
言いながら彼女は笑って、
「カジちゃんにとったら1か月分くらいじゃない?」ときいた。

「ここ最近の傾向からすると、3ヶ月分くらいだな。」

「相変わらずネクラだね。」

「それが俺ですから。」

雑踏の中、握手をした。

「じゃあ、元気でね。応援してるからさ、まぁ、がんばってよ。」
彼女は、彼よりずっと強い力で手を握った。

「ありがとう。じゃ、また。」

彼女は手を振ると、さくさくと改札を抜けた。

一度振り返ると、彼の形のいい頭が数十メートル先に小さく見えた。
見送りあって、いつまでもその場でまごまごするような、
そういう関係じゃなくなったけれど、残念に思わない。
それぞれ、前へ前へ進んでいる。

会ってよかったと彼女は思った。
そう思ったことで、自然と笑みがこぼれた。



Michelle Branch
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Breathe
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2008年07月18日

すべりだい



なんとなく、彼とはしばらく連絡をとっていない。
もうすでに前回会ってから、1ヶ月半以上経つ。

特に無視しているとか、距離を置こうと奮起して、
そうなっているのではなく、私の方で長期出張があったり、
彼は彼で、アフリカの方へ出張があったりで、
なんだか疎遠になってしまったまま、
だらだらと連絡を取らないままになっている。

その間、彼からは2、3回メールが来たが、
大概狙ったかのようにタイミングが悪く、出張の合間のどさくさで、
返事もすぐ出せず、「あ、まずい」と気がついた時に返事をすると、
彼は嫌われてしまったんじゃないかと本気で落ち込んでいたといって、
非常に嬉しそうな文面のメールを30分以内によこすのだった。

飽きたとかいうほどもなく、よく知らない男だが、
少なくとも彼の子供の育て方には賛成できなかった。

知能指数を疑いたくなるような日本のメディアですら
毎日のように環境問題・資源問題・地球の裏側の問題を
取り上げているような、逼迫した時代。
現代って、信長や秀吉みたいにイケイケドンドンで進むはずはなく、
もうこのままじゃいよいよまずいんだっていうコモン・センスの時代。
いろんなことを、我慢できる人間に育てなくちゃいけない。
バブル時代みたいに、あれやこれやと買い与えて何の力になるだろう。
いざ、ほしいものはほとんど手に入らない時代に備えて、
あるもので済ます忍耐とか、
あるものから工夫をして新しく代替物を作り出す想像力とか、
そういうものを、今与えるべきなんじゃないかと思う。
ニンテンドーDSを一人一台ずつあたえるんじゃなくて、
二人で一台をうまくシェアする思いやりだとか、そういうのを、
伸ばす機会を与えないのは、
かわいそうだからっていう理由だけじゃ、
ぜんぜん理屈にならない。

欲しいっていうものは、
できるうちにできるかぎりかなえてあげたいっていうのも、
すばらしい親心かもしれないけれど、
少なくとも私は、彼の考えに賛成できず、

私にも甘々に、あれやこれやと与えてくれる彼を
少しもてあましているというのが、率直なところだった。

彼の部下が異動になり、その壮行会をした夜。
久しぶりに会った彼は、いつもより饒舌で
びっくりするぐらいよくしゃべった。

私は隣で、正面に座っている同僚の疲れている様子を気遣って、
静かにビールを飲んだ。
私の上司は、彼が私のことを好きだというのを、実に目聡く、
ずいぶん前から、気づいている。

私は、上司の表情を伺った。
上司は、なんでもないふうに、近頃の仕事のことや、
この前の北海道の出張の話なんかを、ゆっくり話した。
私は、少し安心をして、枝豆をぷつりぷつりと口に入れた。

じっと、相手の目を見て話す癖がお互いにあるせいで、
会話が途切れても目を逸らさず、この上司と話していると、
なんだか毎回、気恥ずかしい思いをする。
彼のフレンドリーな性質を前にしても、やや緊張するのはそのせいだ。

上司や、彼の部下とはよくしゃべったが、
隣に座っている割に、彼とはあまり口を利かなかった。


一人で終電間際の電車に乗ると、彼からメールが届いた。
今夜は本当に楽しかったことが長々と書かれていて、
また近いうちに会って下さいと締めくくられていた。

「そういうのって、なかなか簡単に切れないものなのよ。」
少し前にインドネシアに出張にしたときの相方だった
韓国人の女の子の言葉を思い出した。
彼女とはホテルの部屋も、飛行機の席も同じで、
1週間の出張中は、ずっとべったりほとんど一緒に行動して、
何から何まで知らないことはないくらいによく話をした。

「そういうのって、なかなか簡単に切れないものなのよ。」
冷房がききすぎて冷蔵庫みたいに寒い国内線の小さいプロペラ機に
二人並んで座っている時に放たれた言葉。
その前に、小さく連続して舌打ちをしたようにも思う。
彼女は、何か嗜めるときや、よくないわねぇと言う前には
必ずそうした。

そんな簡単に切れない彼を切ってしまおうと躍起にはならないけれど、
どうして彼はこんなふうに私をあやすんだろうとか、
どうしてこんなふうに次から次に求めるんだろうかとか、
うすらぼんやりした冷静さというか主体性のなさで、彼に接している。
飼った犬猫を最期まで面倒みない
鬼畜な飼主と等しい無責任さで以って
どう考えても、この関係はこのまま揮発していって欲しいと
願ってしまっている。



椎名林檎


すべりだい
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2008年07月04日

you're beautiful



「あぁ〜携帯パクられた・・・」

店に着くなり、サングラスをつけたまま、
オゲが誰ともなく呟く。

「どこで?」

「レノンでよ。ごはんたべてて、テーブルに置いてたの、
知らないおじさんが来てさ、盗っていかれた。」
オゲはまだ少し動揺した様子で言った。
携帯が盗まれるのは、この国では、別に珍しい話ではない。

「レノンも物騒なのねぇ。」
私は生白い腿にとまった蚊をぱちんと叩き殺すと、
手をぱんぱんと叩いて、のんきに言った。
レノンというのは、この辺では一番の高級住宅地だ。

「そーよ、あんたも気をつけなよ。
ぼんやりしてると、盗まれるとか、つけこまれるとか、危ないわよ。
ただでさえ、日本人なんだから。」

ただでさえ、日本人って。。。。私はもごもごと反芻しただけで、
言い返せなかった。確かに私はただでさえ、日本人なのだ。

「あ〜、お金ないのにどうしよう!」
オゲは顔をわっと手で覆ってしまった。

「中古で買えばいいじゃん。」

「最近は中古も結構、値が張るのよ。500くらいはするのよ。」

「500も?この前友達がカメラ付でも400で買ってたわよ。」
オゲが私に何かねだろうとしているのは雰囲気でわかる。
携帯そのものか、現金か。どちらかだ。

「それはあんたの友達がツいてんのよ。
私は最近ぜんっぜんついてない。。」

「例えば?」

「バイクは盗まれるし、携帯は盗まれるし、とにかくツいてない。」

オゲは椅子に腰掛けた瞬間、がくっと身を起こした。

「ほら、椅子だって壊れちゃったし。。。。」

「オゲの代わりに壊れてくれたのよ。
お寺にいって、お祈りしてきたら?
きっと悪い霊でもついてるのよ。
椅子だって、ボンドでくっつけたらすぐ直るって。」

「そうよね。。。」

「そうよ。大丈夫よ。それに、本当にオゲが困ってれば、
神様が助けてくれるよ。ここは、ただでさえ、バリなんだから。」

オゲは前回会ったときよりも、痩せた。
暢気にレゲエで踊ってた頃とは違う、悲愴な表情が、
笑顔でもにじみ出てて、ちょっと見てられない感じがした。

その原因がわかったのは、帰国日の夕方。

私はお土産のあまったショートホープをオゲと並んで吸った。
オゲが買ってきた安いアラックを2人であけながら。
それでも3箱ほどあまったので、
旦那に持って帰ればいいと勧めた時のことだ。

「旦那、いないし。離婚しちゃった。」

私は、絶句して、「そうなの。。。」とだけ呟いて、
また、甘くない煙草を吸った。
こういうとき、煙草があると、安心する。
喫煙家は、こういう場面で逃げ場を確保するために
吸っているんじゃないかとも思うほどだ。

「旦那はいないし、バイクは盗られるし、携帯は盗られるし、
今度は娘が腹壊して入院するし。」

「え?入院したの?昨日は元気だったじゃない。」

「昨日まではね。今朝急になの。救急車呼んだのよ。」

すりきれたCDの音が飛び飛びになって、ぶつりと止まった。
波の音がやたら大きく聞こえる。

だめだ、この店は。もう、貧乏くさすぎる。

「どこかへ行ってしまいたい・・・」

オゲがぽつりと呟いた時、
アコースティックのライブが静かに始まった。

「大丈夫だよ。ここにいて。ここには、オゲの友達も、
おにーちゃんも、妹も、おとうさんも、おかーさんも、いるじゃない。
大きな娘も息子もいるじゃない。みんな、力になってくれるよ。
ここにいれば、きっと大丈夫。」

私はオゲの細い手をさすった。頬にあふれた涙を拭った。
オゲは、もう疲れちゃった。と呟いた。

「今夜はなんだか変な気分。悲しいのに、なんだか楽しい。」
目に涙をたたえたまま、オゲは笑う。

「当然よ。アラックはたんとあるし、煙草もあるし、
ニョマンのライブなのよ。
アグンほどギターはうまくないけど、よく似てるわね。
煙草を吸わない分、声はもっと甘いかしら。。。
この曲、初めて会った夜に弾いてくれたの、覚えてる?」

「懐かしくなるよね。元気かな。」

「元気よ。どーせまた、毎日金髪の女の子ナンパしてんのよ。」

オゲはふっふっふと笑った。「で、グスには、その後会ったの?」

「会わないわよ。連絡先、きいてないし。」

「なんで聞かなかったのよ。馬鹿ね。」

「いいのよ、もう。
ところでさ、オゲもアユみたいにさ、新しい彼氏みつけなよ。
そしたら、楽しいよ。」

「私?ムリよ。おばさんだし。」

「ムリじゃないわよ。オゲはすっごくスタイルいいし、キレイだし。
よく白人の男がじろじろ見てるの、私知ってるんだから。」

「そんな。私、英語ぜんっぜんできないし。ムリ、馬鹿だから。」
そういって、手をばたばたさせる。絶対、絶対、ムリだってば。

「相手がインドネシア語はなせたらいいじゃん。マルコみたいにさ。
アユ、すっごい幸せそうじゃん。」

「私は、、、ムリよ。神経質だし。いっつも何か考え込んじゃって。」

「それは、恋してないからよ。年なんて関係ないって。
恋してちょっとくらいアッパラパーになってみたら、いいのよ。」

「恋ねぇ。できるかなぁ。」

「できるよ。まず笑って。
いつも難しい顔してたら、恋も幸も若さも逃げるわよ。」

「そりゃ、あんたも気をつけたほうがいいんじゃないの。
むずかしー顔してるよ、よく。」

「よくいわれるわ。」
私はけらっと笑った。
そして、ニョマンの演奏にあわせて、
ノーウーマン・ノークライを一緒に渋く口ずさんだ。



James Blunt
インドネシアでも超人気。

you're beautiful
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