2009年03月29日

落日



地下にあるエスニックな感じのバーに、
私とカルメンがするすると入っていったのは夕方のまだ5時。

久しぶりの対面は、やっぱり久しぶりなだけあって、
よく体重が増えたり減ったりするカルメンの雰囲気は、
前にあったときよりも、少しはふっくらして、
血色もいいように見えたけども、
相変わらず目の周りから疲れがこぼれている。
一番驚いたのはストレートになった髪。

すでにDJが気持ちのいい音楽を満たしてくれている空間で、
さっさとコートを脱ぎ、ドリンクを注文した。
彼女はお決まりでビールを、
私はホットチャイを。

私の大きく膨らんだお腹の中にいる人は、
空間とチャイのあたたかい温度と、
気持ちのいい音楽に反応して、
ぼこぼこ元気に動き回りはじめる。

私は仲間たちに挨拶をし、カルメンを紹介する。
カルメンがみせてくれるアフリカのダンスに、
私もみんなも興奮して興味を示す。

まさに「生命」ってかんじの躍動感。

楽器の生演奏と踊りに見入って、
ブレイクタイムの間にクスクスを食べる。
都合よく空いていた丸太のカウンターチェアに座って、
私たちは2種類のクスクスをわけっこしながら食べた。

その間、ブログについて語る。
「私さ、あのブログ、もうやめようと思ってるの。」
カルメンは、特に驚きはしなかった。
「むしろ続けられた方が驚きっていうか、心配です。」
と言った。
まったくその通りで、今の私の生活は、
ピーターがいうところの「グッドガール」そのもので、
よき妻であり、よき母であることに忙しいし、
それを楽しんでいる。

そういうわけで、
今までずっと「まばたき40回」にあった、
退廃、背徳、だらしなさ、奔放、
垂れ流しの情動とかいうものを含んだ空気感は、
もう私が出せるものではなくなってしまった。

今まで書いてきた150近いストーリーが
最初から全てフィクションだったなら、
いつまでもだらだらと書き続けていられたけれども、
私はここを続けるために、嘘の話を書くつもりはない。

ダンスのショーの第2部は、
息をするのを忘れるほどのすばらしさで、
私とカルメンは興奮しきったまま、バーを出た。

思い返せばこの場所を通じてたくさんの出会いがあった。
実際に会った人たち、今でも交流の続いている人たち、
コメントやメールだけだけど、
友達みたいな感覚でそりゃあもう、
いろんなことを話し合ってる人たち。
コメントはしなくても、定期的に見てくれていた人たちも
たくさんいただろうと思う。

ほんとにほんとにありがとう。
思わぬ大漁に振り返りながら驚いてます。

まことに突然ですが、
まばたき40回(forty-winks=うたたね)は
これでおしまい。

みなさんごきげんよう。
よい人生を!



落日


2008年11月23日

Godai Aku Lagi



ブルガンディの作業場は、
ブルガンディの完成・未完成の作品が無造作におかれている。

大きな絵画から、小さな木彫。
どれも、テーマは宗教とヌーディズムのようだ。

私とグスと、グスのお父さんと、ブルガンディの4人で、
ゆでたピーナツをつまみながら飲んだ。
グスのお父さんは、アルコールを飲まないので、
濃いバリのコーヒーを飲んでいた。

グスのお父さんが、ゆったりとしたバリ語で、
若かった頃の話をした。
グスのお父さんはインドネシア語をほとんど話さないし、
私はバリ語はほとんどわからない。
グスやブルガンディが、
時々、要点をインドネシア語で説明しないといけなかった。
まだ、バリの夜に街灯もなくて、
車もバイクもなかった時代の話。
できたばかりのバリビーチホテルで働きたかったけど、
保守的な僧侶階級のお父さんの家族は全員大反対だったこと。
ガールフレンドが5人もいたこと。

今も歳のわりには若々しく、
スリムで渋くてかっこいいおじいちゃんだから、
ガールフレンドが何人いても、おかしくないと思う。
「お父さんがもう少し若かったら、
私もガールフレンドになりたかったわ。
何曜日のガールフレンドがいいかなぁ。」
私がそういうと、お父さんはおちゃめに笑って、
グスはげらげら笑って、私の頭をくちゃくちゃに撫でた。

3本アラックを空けて、帰った。
ラッパの形をした大きな花をブルガンディがお土産にくれた。
私は、それを飛ばされないように大事にもって、
バイクの後ろで小さくなった。

ホテルの部屋はとても広くて、
中庭にあるプールの水面が白くゆらめいてみえる。

私たちはしばらくベッドでビールを飲んだ。
ほとんど服は脱いでいた。
グスは、アナルセックスがしてみたいといった。
私は最初は笑って拒んだ。
「なんでそんなのしたいわけ?汚いじゃない。」
「ポルノでやってるのみて、やってみたいと思ったから。」
この国では雑誌のプレイボーイの発刊ですら大騒ぎになったが、
実際、ポルノ動画なんて携帯でいくらでもダウンロードできる。
日本のAV女優では小澤マリアが人気で、
女の子たちですら知ってるし、
もろムスリムの素人ハメ撮り的な動画もあって、
よく男たちが一つの携帯を大勢で
覗き込んでいる風景に遭遇したら、
間違いなくポルノを見ていると判断していいくらい浸透している。

私は困った。
本気で嫌なら、当然困らないところだが、
どんなものなんだろうという好奇心も少なからずあったからだ。
散々じらしてから、
「ちょっとやってみて、
全然だめそうだったらやめるってことでどう?」
私は、好奇心をとった。

ブルガンディからもらった大きな白い花が
すでに黄色く褪せて、コップのの縁にしなれがかっている。

テレビのボリュームを少し上げた。
グスは少し酔っ払って熱くなった口を私の肌に這わせた。



Godai Aku Lagi
スーツのおにーさんたちがキュートだけど、
相変わらずアグネスのダンスの振り付けって微妙だなぁ。


2008年10月23日

Beep



仕事での会合が始まって、
3食きっちりホテルでサーブされるようになった。

バリエーションがいろいろあったけど、
毎日、昼か夜は決まって中華で、
その量が半端なく、辟易するほど、
大皿の料理がつぎからつぎに運ばれてくる。

おなかがいっぱいになった私は、
デザートでまた大皿に乗ってきたキャッサバのお餅なんかを
手にいっぱい持って、レストランを出た。
そして夜道をそのまま、まっすぐバーに向かう。

女の子1人で歩いていても、どうってことはない。
この辺りの治安はクタほど悪くないのだ。

バーにつくと、演奏中のニョマンに笑顔だけで挨拶しあった。
マデ君とイダ君のダブル厨房係がスタッフの定席に座って、
煙草を吸っていた。
私は同じ席に着くと、手いっぱいに持ってたお菓子をテーブルに広げ、
「さぁ、今夜はお土産があるのよ。」といった。
マデ君はにこにこしながら、
「どうしたの、これ?インドネシアのお菓子じゃん。」
「さっきレストランでいっぱい出たからもらってきたの。どうぞ。」
そういってる端からプトゥがうれしそうに焼き菓子をつまんで
一口ほおばった。
アラックコーラを持ってきてくれた、ラノムも一つつまんで、
「ありがとさん。」と言ってカウンターに戻った。
マデ君もキャッサバのお餅を食べて、なんだかやらしいかんじに
「うへへ。甘ぇ〜。」と言った。
「おいしい?」と私が聞くと、
「おいしいよ。特に美人さんがくれたもんはあめぇなぁ。」
と笑った。
この子は、本当に黙っていればジャニーズ系でかわいいのに、
しゃべるとほんとにぐだぐだねぇ。と私はため息が出た。

「ねーさん、タトゥーはしてないの?」
唐突にマデ君が尋ねてきた。
「してないわよ。ダメだもの。」
「うん。女の子はしてない方が、いいよね。やっぱ。」
マデ君はそう返した。
「マデ君はタトゥーしてるの?」
私が質問しかえすとイダ君がぷっと笑った。
「どうしたの?」私はイダ君の方を向いてきく。
「こいつのタトゥーすげぇから。」とイダ君はけらけら笑って言った。
「へぇ。みせて。」と何気なくいうと、
「えっ!?みせられないよ。恥ずかしい。」
マデ君は全力で拒否した。
「そんな恥ずかしい模様なわけ?」
私がその反応に驚きつつ笑うと、イダ君がかわりに答えた。
「違うよ、まぁ、背中中に彫ってるのもあるけど、
股にも彫ってるからさ、こいつ。」
そういって、イダ君は股間の辺りを指差した。
「へぇ。てか、なんでイダ君そんな部分のことしってるの?見たの?」
私はげらげら笑いながら、イダ君の肩を叩いた。
肉付きのいいイダ君の肩は大きくて弾力がある。
マデ君もげらげら笑い、イダ君はあせって、
「ちがうよ!水浴びしてたら、透けてて見えただけだよ!」
と言った。
「何テレてるの〜。へんなの〜。」
そんなかんじでじゃれあってると、ニョマンのライブは一旦休憩になって、
私たちの輪にニョマンも入ってきた。

「久しぶり!いつこっちきたの?」
私たちは軽いハグをして、再会を喜ぶ。
「もう先週よ!この前のライブ楽しみにしてたのに、代打でがっかりだったわ。」
「ごめんよ。実家に帰ってたんだ。弟の結婚式で。」
キャハッとニョマンはおちゃめに笑った。
「大変だったよ〜。弟が先に結婚しちまって、あんたどーすんだい!?
32にもなって、ふらふらしてばっかで!碌な仕事もしないで!って、
母親から責められてさぁ。これだから田舎はしょうがないね。」
「大変だったわねぇ。でも彼女さんはいるんでしょう?」
「う〜ん。どうだろうね。僕は彼女のこと好きだけどね。
ステディかどうかもよくわからないうちに結婚を考えてもね。」
ニョマンは私が出会ったインドネシア人のうちで、
一番考え方が西洋化しているし、誠実で非常にいい人だ。
「第一、俺まだまだいろんなところ旅行したいし、
家族持つなんてまだまだしたいことじゃないね。
髪だって、切りたくないからギターひいて稼いでるんだし。」
暢気にビンタンをあおる彼は思いっきり自由の空気がする。
バリ人でこんなに開けてて、まっすぐで、
下心のない年頃の男ってそうそういない。
私はニョマンがとっても好きだ。おちついて話ができる。

日本の流行歌の話をしている時に、
携帯が鳴った。グスからだ。

私は慌てて、席を立って電話に出る。

「今夜はブルガンディの家先で飲もう。」
グスは電話ごしでけろっとそういう。

「ブルガンディの家?なんで?」
私はレンガ敷きの舗道に出て、こそこそ声で話をした。

「金ないから。じゃ、駐車場で待ってるから。」

「え?今?」

「うん。今駐車場にいる。」

電話を切ると、私は慌てて残りのアラックを飲み干した。
「私、いかなきゃ。」

いくってどこに?
マデ君とニョマンが同時に聞いた。

「どこって。。。ちょっと。。。そこまで。」
私は困ったように笑ってみせる。
「デートか?」
男の子たちはにやにや笑って、
もっと僕らとお話ししよーよー。
ちょっとこっちきて座りなよー。
と口々に冗談っぽく言った。

会計をしていると、ラノムが聞いた。
「誰と約束してるの?グス?」
「えぇ。そうなの、今そこで待ってるっていうから。」
「どこにいくの?」
「ブルガンディのところって。」
ラノムはそっか。とうなづくとお釣りをくれ、
後ろで野次をとばしている男どもに
「約束だっていってんだから、およしよ!かわいそうでしょ。」
と、きっぱり言い放ってくれた。男たちはしゅんとした。
「ありがと。」とラノムにお礼を言う。
「みんなごめんね。また明日ね!」と定席に向かって手を振る。

気をつけてね〜。明日ね〜。
みんなの声を受けて振り返りながら、駐車場に急いだ。



Pussy Cat Dolls

Beep

2008年09月19日

Next Lifetime



カデちゃんは、端的にいうと、若くてかわいい。
すらっとスタイルがよくて、
ピタピタのスキニージーンズがよく似合っている。
肩くらいの長さでまっすぐに切りそろえた髪が都会的で、
特筆すべきは、果てしなく長い睫毛。
アイメイクに一番時間をかけている私には、
とてつもなく、うらやましい、すっぴんでも十分濃い目元。
「私、お化粧するとすっごく怖い顔になっちゃうのよね。」
カデちゃんは若者っぽい、ふわんふわんしたしゃべり方で言った。
それはそれで、女の子としてはせつないなぁと思った。

ナプキン折りの作業が済むと、ラノムが
椰子の葉がたくさん入ったビニール袋をテーブルに置き、
カデちゃんに、何かバリ語で指示をした。
お供えを作れと言っているのだろう。
インドネシア語はだいぶ不自由ないが、
バリ語はまだまだ推測の域を脱しない。
欧州言語の文法における性とか、日本の敬語システムよりも
もっと複雑だ。なんせ、敬語・謙譲語に加えて、
話し相手の身分によって、単語の敬語レベルが変わるのだ。
しかもレベルの変化にルールがない。
身分に合っていない言葉を使うと、失礼極まりないとされる。
手を出さない方が安全な言語ではあるが、
せめて聞き取りくらいはできるようになりたいとは思う。

で、お供えであるが。
ちょうど日本のお盆にそっくりな行事がバリにもあって、
送り盆にあたる、クニンガンという日に向けたお供えや飾りを
女たちは必死で作っている時期だった。
常々お供物には多大な関心があった私は、カデちゃんに、
もし迷惑でなければ、教えてくれないかと頼んでみた。
カデは非常に愛らしい笑顔で、いいよ。と答え、
懇切丁寧にあひるのティパットの作り方を教えてくれた。
あらゆる種類のお供え物の中で、かなり難易度の高いものだ。
端の処理を少し変えるだけで、ちまきに似た、蒸し物の容器になる。
私は2個ほど、カデの説明を聞きながら作り、
3つ目からは、わからなくなったところだけ聞き、
4つ目からは、ほどんど聞かなくても自分で作れるようになった。
しかし編む速度はものすごく遅く、私が1つ作っている間に、
カデの方はというと、3つも完成させている。
「日本人は折り紙ができるから、
きっとティパットも上手に作れるようになるんだねぇ。」
周りに集まった調理人達やコンピアンは感心し、
ラノムも戦力が増えたことを喜び、
「上手じゃない!もっと作ってね。」と言った。

「1年も住めば、お供えもちゃんと作れるし、
バリ語だって話せる、立派なバリの女になれるわねぇ。
バリでは女の子はお供え物を作れるようになって一人前なのよ。」
カデは長い睫毛をぱたぱたさせながら言った。
「先生が、いいからよ。」
私は机に散らばるヤシの葉で編んだあひるたちを得意な気分で見た。
私のはまだ少し長さのバランスがとれていなくて大きいけど、
形自体は、カデが作ったものと遜色なかった。

見たいドラマがあったので、
夕食はプトゥリの店で食べようと、バーを出た。
「また後でどうせ来るから、今飲んだお茶は後で払ってもいい?」
ときくと、いつものことなので、グストゥはいいよと言った。

プトゥリには、途中で買ったチュッパチャップスをあげ、
プトゥリのパパとママと、ドラマにつっこみながら見て、
野菜スープとご飯と卵と、
小魚を甘辛くかりかりに炒めたものを食べた。
ライブの始まる時間は過ぎていたが、
グスからはさっき電話があって、9時半過ぎに行くと言ってたし、
ドラマが終わる9時までだらだらそこですごした。

バーに戻ると、全然知らない、へたっぴな歌手がギターを弾いて、
もぞもぞ何か歌っている。
黙っていれば結構ジャニーズ系な調理人のマデ君に、
ニョマンは?と聞いた。
「ニョマンは今日、儀式で田舎に帰ってるよ。」
「そうなの。あれ、誰?」
「知らない。ボスがつれてきたんだよ〜。」
マデ君はてれてれしながらそう言った。
彼は、なんだか頭の悪そうな、人を小ばかにしたような、
鼻歌でも歌ってるような、話し方をする。
若い子たちの流行りなのだろうか。
オゲの娘もこんなしゃべり方をするし、
カデもやや、そういう気配がある。

グスは儀式の格好のままでやってきて、私の横に止まると、
両手を自転車に乗っているように見立てて、
「リンリン」と言った。

「あら、はやかったのね。」
「うん。飛ばしてきた。疲れた。ねーちゃん、アラックとコーラ。」
「それはもう頼んだわよ。」
と、すかさず私とラノムがさえぎった。
「そうか。準備がいいな。」
グスはどたっと椅子にかけ、「あれは、何者だ?」と、
ステージの方を見て言った。
それで、マデ君がまた同じ説明をした。

「私ね、今日ティパットの作り方を習ったのよ。」
グスに一つ、作ったものを差し出した。
「これ、おまえさんが作ったのかい?上手にできたもんだなぁ。」
グスはそれをひょいと手に取り、まじまじと見た。

「グス、教えて?ここの頭の部分がまだうろ覚えなの。」
「ムリだよ。作り方しらねーもん。これは女の仕事だから、
男はやらないんだ。」
「あら、残念。グスでも知らないの。
みんなも知らないっていうのよ。
でも、グスは手先が器用だから、知ってると思ったの。」

いやいや、できないと、グスは再度首を横に振った。
「で、誰に習ったんだ?」
「カデに教わったの。」
「誰それ。」
「新しい女の子よ。ほら、髪が肩までの若い子。」
「あ〜、話したことないけど最近たまに見かけるなぁ。」
「いい子よ。よく働くし。かわいいし。」

グスはヤシの葉を一本するっと抜くと、
「作って見せてよ。作ってるとこ、みたい。」と言って、手渡した。
「この葉っぱはまた別のお供えを作るのに使うものだから、違うのよ。」
私はそれを突き返して言った。
「何が違うんだい?」
「太さが違うの。あひる作るときはもっと細いの。」
グスは、じゃあ、細くしてしまえばいいじゃないかといって、
シャッシャッと音を鳴らせながら、ヤシの葉の太さを整えた。
「さぁ、こんなもんだろう。やってみて。」

私は、葉っぱをうけとると、くるくると葉を丸めながら編んだ。
中、外、中。中、外、中。。。
順序を間違えないように声に出して編んだ。
「器用だなぁ、おまえさん。
もう十分立派に作れるじゃないか。
たいしたもんだなぁ。すごい、すごい。」
グスは喜んで、私の頭をくっしゃくしゃに撫でた。
グラスの水滴で濡れて冷えた手が頬を掠めた。

私はくっしゃくしゃにされながら、
一瞬だけ、グスの肩にもたれかかるようにして笑った。

くしゃくしゃに撫でられると、めろめろになる。
よく締まった肩や、鎖骨に沿って唇をすべらせたくなる衝動を、
深夜になるまでとっておく。
体の芯から甘々した煙で満たされていくような感覚を助長するように、
どんどんアラックを流し込んだ。


Erykah Badu

Next Lifetime


2008年09月16日

Life is real



翌日になって、日曜日。
私は宿を引越した。

仕事の関係で、土曜日まで1週間、
基本的に会議に出席するメンバーは
全員同じホテルに泊まることになっている。
とは言っても場所は、定宿から歩いて5分くらいのところで、
今のところがよければ、そのままでもいいと言われているが、
たまにはちゃんとしたホテルにも泊まってみたいし、
朝はぎりぎりまで寝ていたいので、引っ越すことにした。
オープンエアの応接間の前のところに、果物屋さんがきていた。
貧乏臭い格好をしているが、妖精みたいに華奢できれいな人で、
たらいに山ほど小分けにしたフルーツを積んで、
頭に乗せてこの辺りで売り歩いている30前半くらいの女だ。
あら、いつバリに戻ったの?とか細い声で微笑むので、
私も微笑んで、先週。と小声で答えると、
パパイヤを一切れと、ルジャックを一袋買った。
ルジャックは、主にマンゴーやパパイヤ、
メロン、パイナップルなどの熟れてない果物とかきゅうりとかを
半端なく辛くて、すっぱくて真っ黒なソースで和えて食べるおやつ。
初めて食べた時は、何の罰ゲームかと思うくらい
複雑な味に顔をしかめたものだったけれど、いつのまにか慣れた。

部屋係のクトゥットに、また土曜日に帰ってくることを伝えると、
「じゃあ、これでお別れじゃなくて、また来週に会えるのね。」
と笑った。
なんとなく、私のバリでのお家は、やっぱりここだなと思った。

トランクをごろごろ引きずりながら、裏口に出る。
泊り込みで裏の祭儀場の改修をしている男の子たちが一斉に手を振る。
この数日で、すっかり顔なじみになった子たちで、
みんなおそろしく真っ黒に日焼けしている。
屋根の高さの、細い足場に立っている一番若そうな子が言った。
「おねーちゃん、どこいくの?日本に帰るの?」
「お引越しだけよ。でも、ここには毎日通るから
寂しがらないでいいわよ。」
私はサングラスをはずして、彼らを見上げた。
ぎらぎらの日差しの中で、
彼らは高い屋根の上から私を見下ろしている。
「ほんとによく歩くね、ねーさん。」
彼らは賑やかに笑った。
「もうすぐ昼飯できるから、一緒に食っていけばいいよ。」
一番の年長らしいおじさんが、炊き出しの鍋の前で笑った。
「ありがとう。でも、お昼はもう友達と約束があるので、
今度ご馳走になります。」
「俺の料理はそこらの店よかぜんぜんうめぇからさ。
いつでも来いよ。」
おじさんは大きな笑顔で、
ところどころ真っ黒になった歯を丸見せにして見送り、
パチパチ爆ぜる椰子殻の炭の調整にとりかかった。
私は、コンクリートを砕く作業をしている男の子に助けられながら、
裏の駐車場に出るドアの小上がりを何とか突破し、ホテルに向かった。

チェックインの時間まで間があるので、
私は荷物を預け、ベモを拾い、ノルの家まで遊びにでかけた。
いつもの週末のお昼の過ごし方だ。
ノルの家では、毎週こっちでも放送している
ナルトやブリーチなど日本のアニメをみて、
昼ごはんをママとノルと食べ、
ゆったりお茶やコーヒーなど、めいめい好きなものを飲みながら、
いつまでもおしゃべりをするのだ。
料理のこと、勉強のこと、宗教のこと、恋愛のこと、
日本の文化のこと、ママの若い頃の昔話。。。
ママが17歳の時に恋に落ちたドイツ人の彼との話は、
何回聞いても、泣ける。

ノルはその日から、
サヌールではかなり老舗のイタリアンレストランで
給仕の研修をうけることになっていて、
時間がたつにつれ、だんだんあからさまに不安そうな顔をし始めた。
ノルは本人も言うとおり、引っ込み思案なので、
何かを始める前から色々杞憂し、不安になるタイプの女の子なのだ。
一度慣れてしまえばあっけらかんとしているのだけれど。
私とママはノルの不安を一笑した。

「大丈夫よ。ノルはずっとママのお店でお手伝いしてきたんだし。
英語も日本語も心配ないわよ。間違えても、大丈夫!
ノルは間違えたときもかわいいんだから。」
私はノルの硬直した滑らかな頬をつまんだ。
「そんなむずかしい顔していっちゃだめよ。
スマイルは一番のサービス。
それに、笑顔のノルが一番かわいいのよ。」
むにむに頬をひっぱっているうちに、
ノルはいつものかわいい笑顔を取り戻した。
ママは横でけたけた笑った。

私はチェックインの時間頃に暇して、
ママの知ってるオジェ(バイクのタクシー)のおじさんに
ホテルまで送ってもらった。

ホテルの部屋は、そこそこだった。
ただ、最上階の、ほとんど一番奥の部屋で、
ホテルのロビーからがものすごく遠くて面倒だった。
そして、4階だというのに、猫がうろちょろしていた。
人の気配がない時に、
部屋の前に置かれたルームサービスの残飯を失敬しているのだ。
開放廊下とはいえ、こんなところで猫が共生しているところが、
実に、バリっぽい。

私は荷解きをし、水圧の強さに歓喜しながら軽くシャワーを浴びると
濡れた髪のまま、パズルの本と、文庫本、洗濯物を抱えて、表に出た。
バス停のあるお店で、洗濯物を出し、
控えの伝票をポケットに突っ込む。
日曜日の午後のビーチは、土曜日よりもさらに混んでいる。
たまたますれ違ったグスの従兄弟にちゃんと歩道歩けよ!
と、どやされながら、
バーまでの土産屋通りの人だかりをすり抜けるように歩いた。

グスからは「後で電話する」とメールが来ていた。
私は笑顔を抑えきれないまま、隅っこのテーブルで、
紙ナプキンを折りたたんでいるカデちゃんの横に座った。

カデちゃんは、アユの後に来た、新しいウェイトレスだ。
アユは1ヶ月前に、スコティッシュ訛りのマルコと大恋愛の末、
ついに結婚することになり、オランダへ引っ越してしまった。
それを聞いたのは、到着した次の日の夜で、
しっかりもので、頭のいいアユのことだから、
アグンほど心配しないけど、
って、アグンが頭悪いっていう意味ではなく、
女癖が悪いのと、根がグータラなのが心配ってだけで、
それはバリにいても同じくらいの憂慮事項なのだから、
結局どこに行こうが、あいつの場合は関係なく心配なんだよね。
と、カデちゃんと一緒に紙ナプキンを折りながら、
そもそも何が心配だったのか忘れるほど、思考が飛んでしまい、
これは、いかんと起点に戻り、あ、そうだ、とにかく、
アユのお見送り、してあげたかったなと思ったのだった。


Ayo
necoの中では2008年上半期ベストアーティスト


Life is real



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