2007年10月10日

Goodbye my lover



「何さっきからケータイばっかり気にしてるの?」
いたずらっぽい笑いを浮かべて、女たちがきく。

彼女は手に持ったグラスをことりと置くと、
底からじわっと広がる水滴の輪を指先でさらに広げる。

「ん。7時位に来るって、言ったから。」

誰が来るかと言うと、シンガーである。
前日は仕事をドタキャンして、
深夜になってから釣竿を持って現れたらしい。
彼女はその30分ほど前に酔っ払ってしまって、
化粧も落とさずに眠りこけてしまっていた。
彼からは「もう寝ちゃった?」とメールがきていたが、
それにもちっとも気がつかなかった。

前日の晩は皆ものすごく飲んだ。

それはもう、異常なくらいに飲んだ。

ウェイトレスのアユのオランダ人のボーイフレンドが
どんどんごちそうしてくれたのもあるが、
シンガーが最後の夜に来なかったのが
みんなにとっては、一番堪えたのだろう。

マネージャーのオゲは元々いける口だったが、
それでも明らかに飲みすぎていて、宵の浅いうちから、
彼女とオランダ人と3人でなんどもショットグラスを
がちゃがちゃぶつけ合わせていたので、
9時を回った頃からすでに笑いが止まらず、
一人でいつまでもけらけら笑っていた。

今夜会った時の開口一番は
「あ〜。私昨日、すっごい酔っ払っちゃったよねぇ。」
だった。
彼女はそれに対して
「そうね。一人でずっと笑いまくってたわね。ちゃんと家まで帰れたの?」
げらげら笑って、彼女の細い腕をつねる。
「うん。朝帰った。おにーちゃんとそこで朝まで寝てたよ。」

店の海側には木製のビーチベッドが8つほど並んでいて、
込み入った話がしたいときや、二人きりになりたいときは、
一番南側のベッドを陣取るのが決まりだった。

「朝日も観た?」
「うん。すっごくきもちがよかった。」

この街の一番すてきなところは、朝日だと彼女は思っている。
夕陽側の街の方が観光客には人気だけど、
朝日のために、たくさんの地元民が早くからビーチに集まる。
朝日は夕陽のように橙に染めてしまうことはない。
透明な薄紫が徐々にうすぼんやりして、びかっと真っ白な朝になる。

朝は、何もかもが悲しくなるほど清清しい。


彼女はグラスについっと口をつけ、少し眉間に皺を寄せると
コーラを少し足した。氷は入れなかった。

「7時っていったって、もう8時半よ。アグンは本当にくるの?」

「うん。どうだろうね。でも、来ると思う。きっと。」
彼女は、淡々と答える。じっと、駐輪場のある方をみる。
そして、グラスを呷る。
「オゲも飲む?」
「や。今日は本気で飲みたくない。」
本気で拒絶する彼女の顔もキレイだなと彼女は思った。

「ねぇ、グスはなんでこないの?」
クラブにいった夜から、会っていない。
もう5日近く経っている。

「知らないよ。あんた知らないの?」
「なんで私が知ってなくちゃいけないのよ。」
「まぁね。」
そう呟いて、オゲはきゅっと煙草を吸う。

「ちょっと電話してやれよ。ちゃんと来ないとクビだっていっとけ。」
ナシチャンプルを器用に手で食べながら、オーナーのコンピアンが言った。
オゲのおにーさんだ。グスの従兄にあたる。
この店はほとんど親族か、同じコミュニティの、
同じ階級の身内が働いている。

「コンピアンが電話したらいいじゃん。オーナーなんだから。」
「いいから、おまえさんがかけろ。折角買った携帯使ういい機会だろ。」

彼女は不服そうな顔で携帯を手にする。
「クビだっていえよ。店長命令だかんね。」
彼は、空芯菜の炒めたものをほおばった。

彼女が渋々ダイヤルすると、
「電波が届かないか、電源が入っていません。」
というアナウンスが流れた。

「出ないわ。アグンとは挨拶もしないつもりかしら。」

「ちっ。儀式で忙しいんだろ。しょうがねぇなぁ。
そろそろ終わってもいい時間なのにな。」

「儀式自体はいつ終わるの?」

「来週かなぁ。今年は特に大事な節目だから長いんだ。」

「そう。つまんないなぁ。」

寺院祭は寺の誕生日みたいなもので、
その地域の人たちが一番大事にしている祭りの一つだ。
小さいところで2,3日長いところで2,3週間かけて行われる。

そうこう言ってるうちに、
アグンが釣り友達と一緒に肩組合ってやってきた。
今夜12時に出発するらしい。
皆めいめい別れの言葉を彼にかけた。
コンピアンはボブマーレィのモダンジャズカバーアルバムと、
店のカードを一ケース彼にプレゼントした。
彼女は釣り友達と話をした。アグンとはもちろん話したかったが、
特別何をはなせばいいのかわからなかった。

その間に、ほんの10分ほどの間に、アグンは2杯グラスを空けた。

「やぁ、きみ泣いてるの?」
アグンは唐突に彼女の横に立つと、ぽんと肩に手を置いた。

「なんで泣かなくちゃいけないのよ。まぁいいわ。座れば?」
彼女は椅子の半分を彼に譲った。彼はいわれるままにそこに座る。

彼女たちは彼にとって3杯目のグラスをぐっと飲み干す。

「きをつけてね。」
彼女はぽつりと呟く。

「飛行機のパイロットにいってくれよ。」
彼は笑って、そう答える。
「着いてからのことを言ってるの。
それから、きっとすごく寒いから、ちゃんと服きるのよ。」
「うん。なんかおかあさんみたいなことばかり言うね。」
「他になんていえばいいの。」

「いかないで!わたし寂しい!とか?」
彼の演技にみんなが笑う。

「成功と幸せと健康をお祈りしますわ。」
彼女もげらげらと笑う。本心でそう思った。
行くからにはどうか、すぐ帰ってこないで。

「さぁ、時間だ。最後にハグぐらいしてくれよ。」

彼女はぎゅっと彼の大きな背中に手を回す。
「ありがとう。会えてよかった。」

「俺がいなくなったら寂しいだろ?」

「うん。寂しくなるね。
あんたのジェームズブラントもジャックジョンソンも、
最後にもう一回聞きたかった。」

腕をほどいて、体を離すと、彼は彼女の頬をすっぽり手で包むと、
小さくチュッとキスをした。

皆の前というのが気恥ずかしくて、彼女は悲鳴をあげて笑った。
皆も笑った。

彼は潔く、背中を向けて歩き出す。釣り友達と肩を組合って。


James Blunt
オフィシャルサイト


Good-bye my lover
by youtube.com



この記事へのコメント
necoさんの(彼女の?)馴染み具合と描写で、まるで日本のことのように感じますが、儀式があったり、階級があったりの文字で、ああ違う国の話か。と気づきます。

そしてそして、ここでジェームズ・ブラントが出てくることがすごく意外。だけど、曲を聴いてるとぴったりですねえ。
Posted by カルメン at 2007年10月14日 17:44
●●●カルメンちゃん
全然知らん人におごってもらったり、飯屋でサービスしてもらったりって、普通なくって、3年住んでるような人でもないんだって。普通によくあるんだと思ってた。私そんなに貧乏っぽいのかな。

ジェームスブラントの声ってなんかホモっちいじゃん、彼が歌うとオリジナルを越えるの。ジャックジョンソンもそう。彼の十八番だよ。ボブマーレィもアコースティックにアレンジしてやっててね、それもよかった。客がいなさ過ぎるときの歌なしで難しいリフ繋ぎの即興なんかもすごくよかった。

私にとってはバリのビーチといえば、ジェームスブラント、ジャックジョンソン、レゲエなの。次のハナシはボブマーレィで攻めます。よろしく。
Posted by neco at 2007年10月15日 00:47
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