2007年09月12日

Don't know why



湿気をたっぷり含んだ冷たい風が
遠浅の海からびゅんびゅん吹き付ける。
「9月は海からの風が強くなるから、少し今より寒いと思う。」
前回の帰国直前にこんな会話をしたのを思い出して、
幸いなことに春物のアクリルのカーディガンを持ってきていたけれど、
冬物のたっぷりした厚手のパーカーでも、
場合によっては、コートでもよかったかもしれないと
彼女は思った。

じっと座って、冷えたお酒を飲むと
じわじわと体が冷える。
南国だと思って、ノースリーブしかもって来ていないような観光客は、
元々寒さに強そうなヨーロッパ人を除いて、
大変な思いをしているんだろうな。

彼女はふぅっとお土産のキャスターマイルドの煙を吹く。
視界がもやもやと白く濁って、目の前に華奢な指を見る。
小さなダイヤがたくさん並ぶ太く膨らんだ金の指輪。

「髪、ほんとに短くなったな。長い時はめっちゃ可愛かったけど、
短いのも可愛いよ。よく似合ってる。」
彼は、その手で、彼女の毛先をわしわしっと撫でた。

ひんやりした、細い骨ばった大きな手。
その手が耳元を離れた時、
彼女はもっと撫でていてほしいなと思った。

「長いほうが可愛かったよ。確実に。
また長くなるまで、しばらく切るなよ。」
彼女の右隣にぴったりくっついて座っている男は言った。
手首のつばめのタトゥーに、グラスにびっしりついた水滴が垂れる。

「新しい髪形もいいけど、長い方がフェミニンだったわよね。」
「でも、短い方が楽じゃん?私も髪の手入れが面倒だから、
ショートでいっつもキャップかぶってるもん。」
「切るんだったら交換してほしかったなぁ。もったいない。」
女たちは妹分の彼女が2ヶ月ぶりに帰ってきたのを喜んで、
好き勝手なことをわいわい言いながら、
ウェイトレスの2人は普段は一滴も口にしないお酒をちょっぴり飲んだ。
バーテンダーはいつもどおり、ショットをぐいぐい飲み干した。

右隣の男は彼女の肩を抱き、時折彼女のうなじに顔をうずめた。
「恥ずかしいからやめてよ。」と彼女がいうと、
「寒いからいいじゃん。なんで恥ずかしいんだよ。」と言って、
逆隣に座るバーテンダーのお姉さんの肩を抱いた。
「恥ずかしい?」
「ん?別に。」
「ほらね。」
そういって彼は、すいっと再び彼女の肩を抱く。

「ほらね、じゃないよ。」
彼女はしょうがないなぁといった感じで笑い、彼はご機嫌だった。
目の前の男は、彼女と目が合えばにこりと微笑んだが、
始終だいたい、遠くを見るか、
彼女の隣に座る男と現地語で早口にべらべらと話をした。
会話に参加でききらないのは非常に残念だが、
彼が時折、がががと笑いながら話すのを眺めるだけでも心地よかった。

新しい客の注文が入って、
店のスタッフ達がそれぞれの持ち場で忙しそうにしているのを
2人はそのまま、端っこの席から眺めていた。
時々グラスを口に運び、灰皿に煙草の灰を落とす。
唐突に、彼はずいっと彼女の目を覗き込んで
「誰に対して、恥ずかしいの?」
と尋ねた。

「え?」
彼女は彼の顔をしげしげ眺める。
「彼に対してだろ。」
彼はにやにやしながら、
バーカウンターでカクテルを作る男をちらちらと見た。
シェーカーを振る指に、金の指輪。
ふんわりと柔らかそうな皺のないシャツが揺れる。

「なんでよ。」
彼女は思った以上に強く出た声に、自分でも驚く。
「だって、さっきからずっと見てるじゃん。うっとりしてさ。」
「だって、目の前に座ってるんだもの。
それにおいしいお酒飲んでたら誰でもうっとりしちゃうでしょ。」
「すきなの?俺より?」

「何言ってんの。意味わかんない。」
「ふぅん。図星なんだ。」
「違うわよ。」
そう言いながら、
自分の顔がぶわっと赤くなるのが判る。

何焦ってんの?
彼はそういわなかった。
彼女が心の中でそう思っただけ。

彼はその代わり、
「じゃあさ、俺のこともちょっとは見てよ。」
と言って、彼女の手をぎゅっと握った。

本当に触れたいのは、
シェーカーで冷たくなった男の右手であって、
彼の手じゃない。

乾くのは喉ではないのはわかっているけれど、
彼女はごくごくときつめに入ったアラックを飲み干す。
視界がぼんやりして、彼の姿ばかり追わなくていいように。


Norah Jones
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