2007年08月26日

chan chan



ランチタイムぎりぎりに駆け込んだ
闘牛の絵が看板に黒抜きで描かれたスペイン料理の小さな食堂には、
窓側にカウンターがあって、
少し覗き込めば、乱歩通りの往来を眺めることが出来た。

彼女は牛肉のトマト煮込みを、彼は白身魚のグリルを注文し、
前菜のサラミやオリーブ、ピクルスをつまんだ。

ブラックオリーブのほどよいしょっぱさに唸る。
彼女は思わず「軽いワインが飲みたくなるわね。」と興奮気味に言った。
彼はさぞおかしげに笑い、「ほんとに?」と言った。

平日の、昼休憩にアルコールを飲むなんて、
普通はちょっと考えられないことだろう。
少なくともこの国の常識では。
しかし、彼女と彼は、互いにじっと見つめあい、
視線をぺらぺらの丸文字フォントのメニューに移した。

「ランチ限定、グラスワイン200円。」
声をそろえて読み上げる。

「でも、こういう時に出るワインって安価な、
たいした味じゃないものなのよ。」
と彼女はついっと、メニューを押しやる。
「でも、実際安価なんだからいいんじゃないの?
高い金払うわけじゃないんだし。」

「そうよね。私すぐ顔が赤くなるからなぁ。あなたもじゃない?」
自分から言い出したわりに、彼女はなぜか慎重な意見だ。
「そうなんだよね。」
彼女はアルコールを飲むと、すぐ顔といわず、腕や腹まで赤くなった。
脳みそこそ、ほとんど機能するが、
彼のほうはというと、すぐに顔にでる下戸で、
酔っ払ってることが一目でわかるほどメンタルに影響がでる。

「走って帰ったことにする?」
「日焼けしたとかね。」

オフィスの人たちには絶対怪しまれるし、バレるのは避けられないが、
別に昼間から酒を飲んではいけませんというルールはないので
やっぱり飲むことに決めた。

彼女は赤ワイン、彼はスパークリングワイン。
思ったほど、まずいワインではなかったのは、昼間から飲んでいるという
その非常識さと、ちょっとした罪悪感と、優越感が加味されていたんだろう。

彼女はワインを口に含むごとに、「おいし。」と小さく呟いて、
彼はそれにいちいち「おいしいね。」とにこにこして応えた。
そんな彼のことをものすごく律儀で、素直でいい人だと彼女は思った。

もしシングルだったら、好きになっていただろうなとも思った。


彼と彼女は塩っけのあるこしのあるパンを時々ちぎりながら、
それぞれの皿のものをぺろりと平らげた。
互いの料理を一口ずつ交換もした。
彼の頼んだ白身魚の香草焼きの方がおいしいとわかって、
彼女はいささかがっかりした。
彼はもっと食べてもいいよと申し出たが、彼女は一応断った。

窓は南に面しているが
カンカンと照る日がほとんど垂直に差し込むので
さほど眩しくなく
ただ、窓の外がからっと白く見えるだけで、
人通りは絶え間なく、賑やかで
少し油断をすると、今日は平日であって
お昼休みのランチを食べに外出しているだけだということを忘れた。

そんなだったので、2人はたっぷり1時間半もかけて飲食をし、
少し赤い顔でゆっくりオフィスに戻る。

案の定、彼は「顔が赤いね。どうしたの?」と総務の女の子に聞かれたが、
「走って帰ってきたんです。。。」と彼は、打ち合わせ通りの嘘を言って、
2人は顔を見合わせて、意味深な笑いを浮かべた。

「また、走りましょうね。」と彼女は、
彼にしか見えないように片目をぱたぱたと開閉した。
彼も「そうしましょう。」と言って笑った。

昼下がりの秘密を抱えて、ふわふわした気分で、
背中合わせにデスクに戻った。


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