2006年09月02日

magnolia



一晩中降った雨が朝にも止まない。
彼女は早朝に起き、こっそり宿に帰るのも億劫で
9時を回ってもベッドでもたもたしていた。

彼女が朝に帰ってきていることは
宿のお母さんも、ワヤンも知っていた。
2人は「あなたはいつもどこで眠っているの?」と
興味津々できいた。
彼女は「友達とサッカーを観ているのよ。」と言ったが
2人とも信じようとせず、
お母さんは「優しい男なのかい?」と聞き、
ワヤンは「嫉妬しちゃうな。」と言った。

今更、こそこそ帰らなくてもいいや、と彼女は
シロイの背を撫でながら思った。

昨日の夜、3時位まで絵の仕事をしていたロビも
隣で浅い眠りを繰り返していた。

彼は毎晩、彼女の体を丁寧に揉みほぐした。
一日20Km近くを自転車で走り回り、
何ページ分ものメモを走り書きする。
肩から足の裏、腕から指先まで彼女の体は毎晩くたくただった。
そして彼女が眠ってしまうまで、
家族のことや、高校時代のこと
星のことや、宗教・民族性のことなどを
話してきかせた。
彼女がすっかり眠ってしまうと、ベッドを抜けて
そっと電球を点け、描きかけのキャンバスに向かうのだ。
疲れると、彼女の静かな寝顔を眺めた。
彼女はシロイと一緒に眠るとき、
なぜか同じ格好をして眠る。
そういう時、気持ちがとても和む。
煙草に火をつけて、一本吸い終わるまで、
眺め続けた。

彼女は夜中に少しの間だけ、目を覚ますことがあった。
小さな電球の灯りだけで作業をする彼の真剣な表情や、
キャンバスを刷く筆のざりざりという音、
絵の具の匂い、
すぐ側に感じるシロイの丸い背中の重みが
またすぐに、彼女を柔らかく
眠りの渕に押しやった。


雨が止む気配は無かった。

「僕のかわいい人、どうしたの。」

ようやくベッドを出て、服を着ていると
彼が目を覚ましてそう聞いた。

「少し寒いの。それにお腹が減ったわ。」

彼の滑らかな肌にひたっと寄り添うように
彼女は再びベッドに潜り込む。

「ナシゴレン食べたい?」
彼は彼女の冷えた肌を擦りながらきいた。

この島の人は朝からこういう重いものを平気で食べる。
ワヤンも朝食はミーゴレンだ。
お粥なんて頼めば、
病気なのかと本気で心配されてしまう。

「朝から、ナシゴレンかぁ。」
彼女はちょっと不満気味に呟く。

「僕もお腹すいてきた。買ってくる。」
彼は彼女の不満気な様子を気に留めず、
「すぐそこだから、少し待っててね」というと
シャツを羽織り、雨の中へ飛び出していった。
シロイもその隙に出かけていった。

小さな雨粒を含んだ髪を振って彼が戻る。
温かい包みを開けると白いナシゴレンが湯気を立てた。
米粒一つも残さずにきれいに食べてしまう彼女を見て
「君は本当によく食べるね。」と言って、
自分の分を少し彼女の包み紙の上に移した。

この国の男の子は小食だ。

「毎朝、君のためにナシゴレンを買ってきてあげる。」

海老味の揚げせんべいのかりかりとした食感を
前歯で楽しんでいると、彼がそう言った。
前の晩に開けた、気の抜けたビールをごくりと飲む。

「時々はパンとかスープがいいなぁ。」
と彼女が笑うと、

「だから、毎晩ここにいて。」
と彼は真面目な顔をして言った。

「目が覚めて、隣に君がいないなんて、考えられない。」

「でもあなた、今までそうやって生きてきたんでしょう。」

「君がいないと、つまらないよ。」

「あなたには沢山お友達がいるでしょう。
絵もかけるし、ギターもひけるし。」

「それだけだよ。」

彼はふぅとため息をつく。
その横顔は青ざめてみえた。

「人生ってひどく退屈なんだね・・・・」

「そんなことないわよ。」
でもその否定の根拠を彼女は知らない。

「僕は一つの愛が欲しいんだ。
たった一人の大切な人と一緒にいたいだけなんだ。
僕の幸せは、それだけなんだよ。」

”心に愛があるのにそのはけ口がないんだ。”
そう言って嗚咽する男の映画を思い出した。

出口がないのは、いつだって不幸だ。

いつもの彼女なら
「困らせないで。
私にそれを求めても無駄だって
最初からわかっているはずでしょう。」と
突き放すように言ってしまっただろう。

彼女はしょっぱいままの右手が乾いてしまうほど
動けずにいた。

漸く口から零れた言葉は
「あなたが悲しいと私も悲しい。」だった。


その日、小雨はいつまでも止まなかった。



magnolia
Paul Thomas Anderson(1999, America)


この記事へのコメント
ねこさんお久しぶりです。
ハラハラしながら読ませてもらってます。
続きが気になる〜
帰国してからバタバタしてましたがやっと内定頂きました。嬉しいです!!!!
明日から旅行でカナダのバンクーバーに行ってきます!!
Posted by ゆぃ at 2006年09月03日 03:08
「これが幸せ」と断言されてもなあ…。その頃の幸せと今の幸せはけっこう違っちゃたりして。
Posted by 牧歌 at 2006年09月03日 05:25
雨の描写が多いのか、雨が単純に多いのか・・・。
君なしでは、か。言われたことあるけど、その人は今でも元気に生きている。人間強いもんだ。
ナシゴレン食べたい。あのえびせんも。べろに引っ付くんだよね、あのえびせん。
Posted by うに at 2006年09月03日 13:11
「目が覚めて、隣に君がいないなんて、考えられない。」
なーんて言われたら、私はソッコー気持ちが萎えます。重いのいや。隣に居ないこともあるだろうし、前は居なかったし・・・居なくても大丈夫だけど寂しいぐらいの気持ちのレベルじゃないと、付き合えないな。
Posted by keiko at 2006年09月03日 22:03
うーむ、切ない・・・
出口って2個同時には選べないんだよね。
それが、相手も自分も1人のニンゲン、
ということの答え(の1つ)なのかも知れませぬなあ。
Posted by はじっこ at 2006年09月04日 10:10
●●●ゆいちゃん
きゃーおひさしぶり!帰国後の更新がないからどうしちゃってるのかと思ってましたわ。内定とれたのね。どんなところ?
来春からなのかしら?楽しみねー。
バンクーバーを友達がちょうど帰国したところだよ。すっげぇいいところらしいね。また時間に余裕が出来たら旅行記きかせてくださいませ。
Posted by neco at 2006年09月05日 14:44
●●●牧歌さん
純粋なんすよ。とにかく純粋。
Posted by neco at 2006年09月05日 14:49
●●●うにさん
乾季だっていうんで雨装備も持っていかず。なのにどうして毎日じゃんじゃんと雨がふるのか?異常気象はバリでも起こっているようです。

君なしでは。
こういう情熱に、日本人女子は夢中になり、金を搾り取られて捨てられていくんでしょうかね。強いわー。

えびせんのあとはあげるだけのやつ買ってこればよかったですね。というか、あんなのだったらその辺にうってますかねぇ。
Posted by neco at 2006年09月05日 15:55
●●●keikoさん
セカチュー嫌いなタイプですか?私、セカチュー嫌いです。ぐずぐずめそめそしてる男ってのが鬱陶しいじゃないですか。で、設定がいやらしいでしょ。鼻につくベタなお涙頂戴系で。あれが純愛?まじで?っておもっちゃう。
話はずれましたが、かわいい年下の男の子だからセーフだったのはあると思う。年上だったらキモ!って思ってただろーな。現にボブがそんなこと言ったら、キモ。。。って言っちゃうと思う。
Posted by neco at 2006年09月05日 16:00
●●●はじっこさん
同時に何人もの人を愛するのは博愛か、それとも誰のことも愛してはいないのか、いつもそこで自嘲してしまいます。
Posted by neco at 2006年09月05日 16:04
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