2008年09月19日

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カデちゃんは、端的にいうと、若くてかわいい。
すらっとスタイルがよくて、
ピタピタのスキニージーンズがよく似合っている。
肩くらいの長さでまっすぐに切りそろえた髪が都会的で、
特筆すべきは、果てしなく長い睫毛。
アイメイクに一番時間をかけている私には、
とてつもなく、うらやましい、すっぴんでも十分濃い目元。
「私、お化粧するとすっごく怖い顔になっちゃうのよね。」
カデちゃんは若者っぽい、ふわんふわんしたしゃべり方で言った。
それはそれで、女の子としてはせつないなぁと思った。

ナプキン折りの作業が済むと、ラノムが
椰子の葉がたくさん入ったビニール袋をテーブルに置き、
カデちゃんに、何かバリ語で指示をした。
お供えを作れと言っているのだろう。
インドネシア語はだいぶ不自由ないが、
バリ語はまだまだ推測の域を脱しない。
欧州言語の文法における性とか、日本の敬語システムよりも
もっと複雑だ。なんせ、敬語・謙譲語に加えて、
話し相手の身分によって、単語の敬語レベルが変わるのだ。
しかもレベルの変化にルールがない。
身分に合っていない言葉を使うと、失礼極まりないとされる。
手を出さない方が安全な言語ではあるが、
せめて聞き取りくらいはできるようになりたいとは思う。

で、お供えであるが。
ちょうど日本のお盆にそっくりな行事がバリにもあって、
送り盆にあたる、クニンガンという日に向けたお供えや飾りを
女たちは必死で作っている時期だった。
常々お供物には多大な関心があった私は、カデちゃんに、
もし迷惑でなければ、教えてくれないかと頼んでみた。
カデは非常に愛らしい笑顔で、いいよ。と答え、
懇切丁寧にあひるのティパットの作り方を教えてくれた。
あらゆる種類のお供え物の中で、かなり難易度の高いものだ。
端の処理を少し変えるだけで、ちまきに似た、蒸し物の容器になる。
私は2個ほど、カデの説明を聞きながら作り、
3つ目からは、わからなくなったところだけ聞き、
4つ目からは、ほどんど聞かなくても自分で作れるようになった。
しかし編む速度はものすごく遅く、私が1つ作っている間に、
カデの方はというと、3つも完成させている。
「日本人は折り紙ができるから、
きっとティパットも上手に作れるようになるんだねぇ。」
周りに集まった調理人達やコンピアンは感心し、
ラノムも戦力が増えたことを喜び、
「上手じゃない!もっと作ってね。」と言った。

「1年も住めば、お供えもちゃんと作れるし、
バリ語だって話せる、立派なバリの女になれるわねぇ。
バリでは女の子はお供え物を作れるようになって一人前なのよ。」
カデは長い睫毛をぱたぱたさせながら言った。
「先生が、いいからよ。」
私は机に散らばるヤシの葉で編んだあひるたちを得意な気分で見た。
私のはまだ少し長さのバランスがとれていなくて大きいけど、
形自体は、カデが作ったものと遜色なかった。

見たいドラマがあったので、
夕食はプトゥリの店で食べようと、バーを出た。
「また後でどうせ来るから、今飲んだお茶は後で払ってもいい?」
ときくと、いつものことなので、グストゥはいいよと言った。

プトゥリには、途中で買ったチュッパチャップスをあげ、
プトゥリのパパとママと、ドラマにつっこみながら見て、
野菜スープとご飯と卵と、
小魚を甘辛くかりかりに炒めたものを食べた。
ライブの始まる時間は過ぎていたが、
グスからはさっき電話があって、9時半過ぎに行くと言ってたし、
ドラマが終わる9時までだらだらそこですごした。

バーに戻ると、全然知らない、へたっぴな歌手がギターを弾いて、
もぞもぞ何か歌っている。
黙っていれば結構ジャニーズ系な調理人のマデ君に、
ニョマンは?と聞いた。
「ニョマンは今日、儀式で田舎に帰ってるよ。」
「そうなの。あれ、誰?」
「知らない。ボスがつれてきたんだよ〜。」
マデ君はてれてれしながらそう言った。
彼は、なんだか頭の悪そうな、人を小ばかにしたような、
鼻歌でも歌ってるような、話し方をする。
若い子たちの流行りなのだろうか。
オゲの娘もこんなしゃべり方をするし、
カデもやや、そういう気配がある。

グスは儀式の格好のままでやってきて、私の横に止まると、
両手を自転車に乗っているように見立てて、
「リンリン」と言った。

「あら、はやかったのね。」
「うん。飛ばしてきた。疲れた。ねーちゃん、アラックとコーラ。」
「それはもう頼んだわよ。」
と、すかさず私とラノムがさえぎった。
「そうか。準備がいいな。」
グスはどたっと椅子にかけ、「あれは、何者だ?」と、
ステージの方を見て言った。
それで、マデ君がまた同じ説明をした。

「私ね、今日ティパットの作り方を習ったのよ。」
グスに一つ、作ったものを差し出した。
「これ、おまえさんが作ったのかい?上手にできたもんだなぁ。」
グスはそれをひょいと手に取り、まじまじと見た。

「グス、教えて?ここの頭の部分がまだうろ覚えなの。」
「ムリだよ。作り方しらねーもん。これは女の仕事だから、
男はやらないんだ。」
「あら、残念。グスでも知らないの。
みんなも知らないっていうのよ。
でも、グスは手先が器用だから、知ってると思ったの。」

いやいや、できないと、グスは再度首を横に振った。
「で、誰に習ったんだ?」
「カデに教わったの。」
「誰それ。」
「新しい女の子よ。ほら、髪が肩までの若い子。」
「あ〜、話したことないけど最近たまに見かけるなぁ。」
「いい子よ。よく働くし。かわいいし。」

グスはヤシの葉を一本するっと抜くと、
「作って見せてよ。作ってるとこ、みたい。」と言って、手渡した。
「この葉っぱはまた別のお供えを作るのに使うものだから、違うのよ。」
私はそれを突き返して言った。
「何が違うんだい?」
「太さが違うの。あひる作るときはもっと細いの。」
グスは、じゃあ、細くしてしまえばいいじゃないかといって、
シャッシャッと音を鳴らせながら、ヤシの葉の太さを整えた。
「さぁ、こんなもんだろう。やってみて。」

私は、葉っぱをうけとると、くるくると葉を丸めながら編んだ。
中、外、中。中、外、中。。。
順序を間違えないように声に出して編んだ。
「器用だなぁ、おまえさん。
もう十分立派に作れるじゃないか。
たいしたもんだなぁ。すごい、すごい。」
グスは喜んで、私の頭をくっしゃくしゃに撫でた。
グラスの水滴で濡れて冷えた手が頬を掠めた。

私はくっしゃくしゃにされながら、
一瞬だけ、グスの肩にもたれかかるようにして笑った。

くしゃくしゃに撫でられると、めろめろになる。
よく締まった肩や、鎖骨に沿って唇をすべらせたくなる衝動を、
深夜になるまでとっておく。
体の芯から甘々した煙で満たされていくような感覚を助長するように、
どんどんアラックを流し込んだ。


Erykah Badu

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