2008年09月16日

Life is real



翌日になって、日曜日。
私は宿を引越した。

仕事の関係で、土曜日まで1週間、
基本的に会議に出席するメンバーは
全員同じホテルに泊まることになっている。
とは言っても場所は、定宿から歩いて5分くらいのところで、
今のところがよければ、そのままでもいいと言われているが、
たまにはちゃんとしたホテルにも泊まってみたいし、
朝はぎりぎりまで寝ていたいので、引っ越すことにした。
オープンエアの応接間の前のところに、果物屋さんがきていた。
貧乏臭い格好をしているが、妖精みたいに華奢できれいな人で、
たらいに山ほど小分けにしたフルーツを積んで、
頭に乗せてこの辺りで売り歩いている30前半くらいの女だ。
あら、いつバリに戻ったの?とか細い声で微笑むので、
私も微笑んで、先週。と小声で答えると、
パパイヤを一切れと、ルジャックを一袋買った。
ルジャックは、主にマンゴーやパパイヤ、
メロン、パイナップルなどの熟れてない果物とかきゅうりとかを
半端なく辛くて、すっぱくて真っ黒なソースで和えて食べるおやつ。
初めて食べた時は、何の罰ゲームかと思うくらい
複雑な味に顔をしかめたものだったけれど、いつのまにか慣れた。

部屋係のクトゥットに、また土曜日に帰ってくることを伝えると、
「じゃあ、これでお別れじゃなくて、また来週に会えるのね。」
と笑った。
なんとなく、私のバリでのお家は、やっぱりここだなと思った。

トランクをごろごろ引きずりながら、裏口に出る。
泊り込みで裏の祭儀場の改修をしている男の子たちが一斉に手を振る。
この数日で、すっかり顔なじみになった子たちで、
みんなおそろしく真っ黒に日焼けしている。
屋根の高さの、細い足場に立っている一番若そうな子が言った。
「おねーちゃん、どこいくの?日本に帰るの?」
「お引越しだけよ。でも、ここには毎日通るから
寂しがらないでいいわよ。」
私はサングラスをはずして、彼らを見上げた。
ぎらぎらの日差しの中で、
彼らは高い屋根の上から私を見下ろしている。
「ほんとによく歩くね、ねーさん。」
彼らは賑やかに笑った。
「もうすぐ昼飯できるから、一緒に食っていけばいいよ。」
一番の年長らしいおじさんが、炊き出しの鍋の前で笑った。
「ありがとう。でも、お昼はもう友達と約束があるので、
今度ご馳走になります。」
「俺の料理はそこらの店よかぜんぜんうめぇからさ。
いつでも来いよ。」
おじさんは大きな笑顔で、
ところどころ真っ黒になった歯を丸見せにして見送り、
パチパチ爆ぜる椰子殻の炭の調整にとりかかった。
私は、コンクリートを砕く作業をしている男の子に助けられながら、
裏の駐車場に出るドアの小上がりを何とか突破し、ホテルに向かった。

チェックインの時間まで間があるので、
私は荷物を預け、ベモを拾い、ノルの家まで遊びにでかけた。
いつもの週末のお昼の過ごし方だ。
ノルの家では、毎週こっちでも放送している
ナルトやブリーチなど日本のアニメをみて、
昼ごはんをママとノルと食べ、
ゆったりお茶やコーヒーなど、めいめい好きなものを飲みながら、
いつまでもおしゃべりをするのだ。
料理のこと、勉強のこと、宗教のこと、恋愛のこと、
日本の文化のこと、ママの若い頃の昔話。。。
ママが17歳の時に恋に落ちたドイツ人の彼との話は、
何回聞いても、泣ける。

ノルはその日から、
サヌールではかなり老舗のイタリアンレストランで
給仕の研修をうけることになっていて、
時間がたつにつれ、だんだんあからさまに不安そうな顔をし始めた。
ノルは本人も言うとおり、引っ込み思案なので、
何かを始める前から色々杞憂し、不安になるタイプの女の子なのだ。
一度慣れてしまえばあっけらかんとしているのだけれど。
私とママはノルの不安を一笑した。

「大丈夫よ。ノルはずっとママのお店でお手伝いしてきたんだし。
英語も日本語も心配ないわよ。間違えても、大丈夫!
ノルは間違えたときもかわいいんだから。」
私はノルの硬直した滑らかな頬をつまんだ。
「そんなむずかしい顔していっちゃだめよ。
スマイルは一番のサービス。
それに、笑顔のノルが一番かわいいのよ。」
むにむに頬をひっぱっているうちに、
ノルはいつものかわいい笑顔を取り戻した。
ママは横でけたけた笑った。

私はチェックインの時間頃に暇して、
ママの知ってるオジェ(バイクのタクシー)のおじさんに
ホテルまで送ってもらった。

ホテルの部屋は、そこそこだった。
ただ、最上階の、ほとんど一番奥の部屋で、
ホテルのロビーからがものすごく遠くて面倒だった。
そして、4階だというのに、猫がうろちょろしていた。
人の気配がない時に、
部屋の前に置かれたルームサービスの残飯を失敬しているのだ。
開放廊下とはいえ、こんなところで猫が共生しているところが、
実に、バリっぽい。

私は荷解きをし、水圧の強さに歓喜しながら軽くシャワーを浴びると
濡れた髪のまま、パズルの本と、文庫本、洗濯物を抱えて、表に出た。
バス停のあるお店で、洗濯物を出し、
控えの伝票をポケットに突っ込む。
日曜日の午後のビーチは、土曜日よりもさらに混んでいる。
たまたますれ違ったグスの従兄弟にちゃんと歩道歩けよ!
と、どやされながら、
バーまでの土産屋通りの人だかりをすり抜けるように歩いた。

グスからは「後で電話する」とメールが来ていた。
私は笑顔を抑えきれないまま、隅っこのテーブルで、
紙ナプキンを折りたたんでいるカデちゃんの横に座った。

カデちゃんは、アユの後に来た、新しいウェイトレスだ。
アユは1ヶ月前に、スコティッシュ訛りのマルコと大恋愛の末、
ついに結婚することになり、オランダへ引っ越してしまった。
それを聞いたのは、到着した次の日の夜で、
しっかりもので、頭のいいアユのことだから、
アグンほど心配しないけど、
って、アグンが頭悪いっていう意味ではなく、
女癖が悪いのと、根がグータラなのが心配ってだけで、
それはバリにいても同じくらいの憂慮事項なのだから、
結局どこに行こうが、あいつの場合は関係なく心配なんだよね。
と、カデちゃんと一緒に紙ナプキンを折りながら、
そもそも何が心配だったのか忘れるほど、思考が飛んでしまい、
これは、いかんと起点に戻り、あ、そうだ、とにかく、
アユのお見送り、してあげたかったなと思ったのだった。


Ayo
necoの中では2008年上半期ベストアーティスト


Life is real



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