2008年09月07日

Baby Love



薄い群青の波の遠くの遠くまでをじっと目を凝らした。
今日。今日いくしかない。やるなら今日じゃなきゃ。
だって、今日は、こんな強い光に満ちている。

いくなら、
タクシーや乗り合いのバンに乗ってもよかった。

そうしたら、街の南部にある大きなホテルが並ぶエリアまで
10分やそこらで着くはず。
ゲートでセキュリティに挨拶をして、宿泊客みたいな顔で潜り抜け、
エントランスを抜けて、ちょうど暇そうなスタッフに声をかける。
「ここで働いているグスに会いたいの。
すごく細くて、最近働き始めたばかりで、フルーツカービングの職人。
あなた、わかるかしら?」

それだけ、のことなんだけれど、
10分やそこらでは覚悟が決まりきらない気持ちがした。
なんて情けない。
私はターミナルの方向に向かわず、ビーチ沿いの
きれいに舗装された歩道を南に歩き始めた。
歩けば、30分以上かかる。
それくらいの時間があれば、
グスに再会するかしないか、気持ちに整理がつくと思う。

私は歩いた。マッサージ屋さんの勧誘も、
お土産屋のアンナおばさんと娘のナジュワさんの呼び込みも断って。
前にあったことあるよね?という男たちにしらばっくれた。
立ち止まらず、歩き続けた。
最後にグスに会ったときのことを思い出していた。
最後の背中。「また明日ね。」と言ったのに、
返事をせず、門をくぐった。少し怒ったような横顔。
私は、少し気弱になって、歩き続けた。

同じ大きなカールのヘアスタイルの海賊版DVD屋の男の子が、
「おんなじ髪型だな!」と髪を揺らして大きな笑顔を向けた。
「えぇ、あなたによく似合ってるわ。」
「ねーちゃんにも似合ってるよ。美人だなぁ。」
周りの店番の男たちも、
「同じ髪型でもおまえとは全然違ってキレイだなぁ。」
と冷やかした。
私は、笑顔を投げて、歩き続けた。
グスの笑顔を思い出す。
へんてこな替え歌、私の髪をくしゃくしゃに撫でる、細い手。
私がいきなり職場に現れたら、グスはどんな顔をするかな。
やっぱり、目をまんまるにして、頭をぐしゃぐしゃに撫でるのかな。
それとも困った顔をするのかな。

それでも私は歩き続けた。引き返さなかった。

7歳くらいの男の子が2人道の真ん中でにやにやしている。
通り過ぎる時に、小さい方の男の子が私の胸の先に触れて、
きゃあきゃあ大騒ぎしながらビーチにかけていった。
「も〜スケベ!!」
くるくる振り返ってこっちを見る後姿に怒鳴りつける。
その先でヤシの根元に座っている、
おにーちゃん的な男の子たちも笑っている。
「次やったら、許さん」
許さんだってー。男の子たちはけらけら笑った。
つられて笑ってしまった。
子供たちの底抜けに明るい笑顔は、
どんな曇った気持ちもふっとばしてくれるんだった。
この国にきて、思い出すことの一つ。

ハイアットの前をすぎて、もうすぐ。
ようやくついた、王族の末裔が創業した由緒あるホテルは、
あまりに広すぎて、どっからどういけば
どこにつくのかさっぱりわからない。

ビーチ沿いのレストランの厨房の入り口で私は足を止めた。
「あの、すみません。人を探しているんですけど。」
調理人たちは、そこに5人くらいいたが、全員が律儀に手をとめて、
私を凝視した。
「誰を?」一番近くで、洗ったばかりのフライパンを拭いている
若い男が言った。

「グスっていう、ここで働いてる人で、えっと。。。わかりますか?」

全員がうーんと考え込んでいる。

「あぁ、もしかしてちょいデブか?」

私はぶんぶん首を振った。
「いいえ、すっごく痩せてて、それと、あと、
彫り物が得意です。フルーツとか。氷とか。たぶん木とかも。」

「あ!わかったぞ。呼んでくるから待ってな。
あ、それとも案内したほうがいいか?ついておいで。」

フライパンがひらめいた。同時に、他の調理人も、
ああ!あのグスか〜。という顔をした。

広大な敷地を歩いている間、フライパンは名を名乗り、
それからグスのここでの仕事を紹介した。
ホテル内のデコレーションを担当しているらしい。
「私、てっきり果物を細工しているんだと思ってたわ。」
「いや、もっと大掛かりなもの作ってるよ。今日は結婚式の飾り。
彼はバックヤードで仕事してるはずだよ。」

「そうなの。。。忙しいのに、わざわざありがとう。」
「いいんだよ。さぁ、ついたよ。ここがバックヤードだ。
グスは、どこだろうなぁ。」

今までの豪奢な景色とうってかわって、灰色のコンクリートの
長屋がずらっと続いている。
すぐ右手では女たちがウェディングケーキみたいに大きな
お供え用のバナナの葉を編んだものに、花を挿していた。

目線をずっと先に移す。
「あ。いた。」

グスはペンキまみれの黒いスラックスに、
ホテルのロゴの入ったスタッフ用のポロシャツを着ていた。
ひたすら目をまん丸にしていた。

「会えてよかったな〜!じゃあ、俺戻るね。」
フライパンはにこにこしながら、さくさくと帰ってしまった。

私は立ち尽くしてるグスの前にゆっくり歩いていった。
「こんにちは。元気?」
私は、右手を差し出した。

「元気だよ。どうしてここに?」
彼は、差し出した手を握り、
ハグほどくっつかない距離で、少し体を近づけて、
くるくるに巻いた髪をわしわしと撫でた。
「すっげぇ髪型。」
そういってガガガと笑った。

「歩いてきちゃった。」
「歩いてって、宿からずっと?」
「そうよ。それで、ビーチのコックさんたちに、きいたの。
グスいますかって。」
グスはまたガガガガと笑った。

「すげーな。俺に会うためにこんな遠くまで?」
私は、顔を赤くしてグスの腕をぎゅっとつねった。
「今日は、ひまだったから散歩してただけよ。」
私はむくれた。
「散歩っていっても、散歩って距離じゃないだろ。」
グスはおかしくてたまらないようで、ずっとげらげら笑っていた。

「今夜一緒に飲むか。で、一緒に寝よう。」
私はさらに顔を赤くして、腕を叩いた。
「寝ないわよ。そういうこと大声でいうのやめてくれる?」

「相変わらず片思いだなぁ、グス。」
グスの同僚が、げらげら笑った。彼とは、顔なじみだった。
「あら、あなたもここで働いてるの?ひさしぶりねぇ。げんき?」
「おう、まんまんよ。後で、グスと飲んでやってくれよ。な?
俺からも頼むよ。」

「ええ。じゃあ、飲もう。にーさんもよかったら来て。」
「あぁ、ありがとう。」

私はグスと携帯の番号を交換した。
それからアトリエの入り口に隠れて、ものすごく短いキスをした。

「いつもだったら4時で仕事終わるから、
ちょっと待ってもらったら、送ってあげれるんだけど、
今日は結婚式の準備があるから6時まであがれないんだ。ごめん。」

辺りにはスチロールを削って作ったモチーフがたくさん並んでいる。
青のペンキを乾かしている最中のは、
スピーカーのデコレーションに使うらしい。

「いいわよ。タクシーかベモで帰るから。
忙しいときに、ごめんなさいね。
じゃあ、私少しビーチでコーヒー飲んでから帰るわね。」

グスはビーチまで送ってくれた。
ちょうどまた、キッチンの前に出て、調理人たちが笑顔で
「会えてよかったなぁ〜!」と口々に言った。

グスは、去り際に「8時にバーで待ってる。」といった。
コーヒーを飲んで、少し波打ち際で遊んでからタクシーに乗ると、
グスからメールが来ていた。

「I LOVE YOU」

私は「うそばっかり」と返した。
それからすぐに「今夜、待ってるね。」と打った。

2ヶ月前の夜、もう会えないかもと思った。
それでもいいと一度は思った。
でも、また私たちはこうして繋がってる。
私の意志で。



Nicole Scherzinger

Baby Love
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