2008年07月29日

Breathe


新宿の南口で。
俺、その辺ぶらついてるから、ついたら連絡して。

着信したばかりのメールに、
九段下駅に着いたところで、彼女はすぐに返事を送る。

了解。

昔付き合っていた男の子と、会う。
そんなことは、滅多になかった。
というか、今の彼以外になかったと彼女は思う。
わざわざ約束をして、会うなんて、
なんだかこそばゆい、というか女々しい感じがした。

彼は、彼女をふって、モトカノに戻った。
その後、学内で会っても、ほとんど話をしなかった。
どうしても避けられない場合に、
挨拶みたいな言葉をぼそっとお互い呟くくらいだった。

そんな2人だったけれども、どういうわけだか
3年ぶりに、2人きりで会ってコーヒーを飲む約束をした。
3年もたてば、わだかまりも解けて、
前みたいになんでも話せるだろうか。

先日偶然、出張帰りの電車で久しぶりに連絡をしたら、
彼は地元に移動する直前で、引越しが一段落した出発日の前日に
会う約束をしたのだ。
連絡をとったときは、まさか会うとまでは思っていなかった。

彼がどんな顔で待っているかと思うと、彼女は少し緊張した。

日本人にしては、非常に背の高い彼は、
それがコンプレックスになったのか、非常にナイーブだった。
よくくよくよしたし、理由もなく落ち込んでいることもよくあった。

アイポッドの音量を上げる。
彼が好きだったミシェル・ブランチ。
彼と別れた後、がむしゃらにギターの練習をした曲が順々に流れる。
彼と別れなかったら絶対、この曲も弾けなかっただろうな。
彼女は指先をトントン動かした。
コードはもうずいぶん忘れてしまっている。

南口について、電話をする。彼は東側から、ゆったりやってきた。
新宿の人混みの中でも、見失うはずのない長身。
私が気づいたときに、彼も私の姿を捉えて、手で合図する。


ひさしぶり。

笑顔で歩み寄る。
ぱぁっと曇りのない笑顔を向ける彼女に、
彼はナイーブなはにかんだ笑顔を向けた。

「相変わらず、カジちゃんは待ちあわせに便利ね。」

「それだけだよ、ほんとに。」

「元気そうで、なによりだわ。」

彼女は、学生の頃から強い女の子だった。
教授にも、社会にも臆せず物を言う子だった。
ただ、しゃべくりたおす押しの強い学生は何人かいたが、
彼女はそういうタイプではなかった。
一言二言、コアになる要点を言って、周りが呻る。
そういうタイプだった。
そして、この3年でその傾向は強くなりながら、
柔らかな雰囲気を持つようになった。

彼は、そういった彼女の変化を彼女らしいと思った。
そういうところに惹かれながら、
愛し切れなかった過去の自分の幼さを残念に思った。

「忙しいんだね。出張多いの?」

彼は言った。

「まぁね。働けど働けど、我が暮らし楽にならず。」

彼女は神妙な声色で、地面を見つめてとぼとぼと歩いた。

「なんてね。とっても楽チンに愉快に暮らしてるわよ。」

にっこり微笑む彼女の表情は明るかった。
都会的な、明瞭な気配に満ちていた。

湿っぽい小さな部屋で片づけをした後だったせいか、
余計になんだかさわやかに彼の目に映った。
左手の薬指のダイヤモンドも。きらきらと西陽を反射してまぶしかった。

「結婚したの?」
カフェの席につくなり、彼はきいた。
「まだよ。これは婚約指輪。もう、1年くらい経つし、
そろそろ法的手続きくらいは済ませておこうとは思ってるんだけど。」

「法的。。。」

「うん。相方、外人で戸籍ないからさ。」

彼女は通常のことのように話した。
外国人のいる生活。
彼にとっては非日常すぎて、少しめまいがした。

大学にいたときは、週末は、山だ畑だと出かけて
田舎遊びばかりしていた子だったのに、
いつのまにか公私ともにインターナショナルを謳歌している。
東京の街のことも、彼より遥かに多くのことを知っていて、
彼女はすっかり馴染んでいるように見えた。

「田舎には田舎のいいとこ、わるいとこがあるし、
都会には都会のいいとこ、わるいとこがあって、
私はどっちかの性質だけ取り上げて比較して、
あっちがいい、こっちがいいとはいえない鈍臭い神経を持ってるから、
かえってどこでも楽しく暮らせるのよね。」

彼女はコーヒーに砂糖を4つも5つも入れながら、
こともなげに言った。

「いや。それは器用じゃないとできないと思うよ。」
彼はすかさず、そう返した。
ミルクをたっぷり入れて浮かんだ模様を見届けてから、
ゆっくり匙でかきまぜながら。

「まぁ、そうともとれるわよね。まぁどちらにしても、
私はどこでも愉快に暮らせて、得な性格だってことは揺ぎ無いわね。」

彼女はすっとコーヒーを唇につけると、満足そうな顔をした。
「で、私のことはいいからさ、カジちゃんのお話してよ。
卒業してからさ、こっちの院にきて、どうだったの?」

「そこから?」

「えぇ。長ければ、ダイジェスト版でも可。
むしろその方が好ましい。」

「俺、説明とか苦手なんだけどさ。相変わらず。」

「そうなの?進歩ないわねぇ。」

彼女はそういうムカツクことをさらっと言う子だった。
そしてそれを引きずらせない言い方のできる子だった。

彼は、大きく息を吐いて、言った。
「まぁ、時間はたっぷりあるから。ゆっくり話すよ。」

彼女は、丁寧に彼の言葉をきいた。きちんと相槌をうって、
時にはげらげらと笑い、時には涙目になった。
感受性は、朝のニュースで泣いてしまっていた昔と変わらず豊かだった。

もし、あの時、彼女との別れを選ばなかったら?
お互いにそういう仮定を頭の中だけで繰り返した。

どっちにしろ、人生はいい方向に進んだだろうと彼女は思う。
彼は、もしかしたら大きな回り道や余計な傷を負わなくても
済んだんじゃないかと思う。

3時に待ち合わせて、3軒もカフェをはしごして、
再び駅に戻ったのは9時を回っていた。

「1週間分以上、しゃべった気がする。」
言いながら彼女は笑って、
「カジちゃんにとったら1か月分くらいじゃない?」ときいた。

「ここ最近の傾向からすると、3ヶ月分くらいだな。」

「相変わらずネクラだね。」

「それが俺ですから。」

雑踏の中、握手をした。

「じゃあ、元気でね。応援してるからさ、まぁ、がんばってよ。」
彼女は、彼よりずっと強い力で手を握った。

「ありがとう。じゃ、また。」

彼女は手を振ると、さくさくと改札を抜けた。

一度振り返ると、彼の形のいい頭が数十メートル先に小さく見えた。
見送りあって、いつまでもその場でまごまごするような、
そういう関係じゃなくなったけれど、残念に思わない。
それぞれ、前へ前へ進んでいる。

会ってよかったと彼女は思った。
そう思ったことで、自然と笑みがこぼれた。



Michelle Branch
オフィシャルサイト

Breathe
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