2008年07月18日

すべりだい



なんとなく、彼とはしばらく連絡をとっていない。
もうすでに前回会ってから、1ヶ月半以上経つ。

特に無視しているとか、距離を置こうと奮起して、
そうなっているのではなく、私の方で長期出張があったり、
彼は彼で、アフリカの方へ出張があったりで、
なんだか疎遠になってしまったまま、
だらだらと連絡を取らないままになっている。

その間、彼からは2、3回メールが来たが、
大概狙ったかのようにタイミングが悪く、出張の合間のどさくさで、
返事もすぐ出せず、「あ、まずい」と気がついた時に返事をすると、
彼は嫌われてしまったんじゃないかと本気で落ち込んでいたといって、
非常に嬉しそうな文面のメールを30分以内によこすのだった。

飽きたとかいうほどもなく、よく知らない男だが、
少なくとも彼の子供の育て方には賛成できなかった。

知能指数を疑いたくなるような日本のメディアですら
毎日のように環境問題・資源問題・地球の裏側の問題を
取り上げているような、逼迫した時代。
現代って、信長や秀吉みたいにイケイケドンドンで進むはずはなく、
もうこのままじゃいよいよまずいんだっていうコモン・センスの時代。
いろんなことを、我慢できる人間に育てなくちゃいけない。
バブル時代みたいに、あれやこれやと買い与えて何の力になるだろう。
いざ、ほしいものはほとんど手に入らない時代に備えて、
あるもので済ます忍耐とか、
あるものから工夫をして新しく代替物を作り出す想像力とか、
そういうものを、今与えるべきなんじゃないかと思う。
ニンテンドーDSを一人一台ずつあたえるんじゃなくて、
二人で一台をうまくシェアする思いやりだとか、そういうのを、
伸ばす機会を与えないのは、
かわいそうだからっていう理由だけじゃ、
ぜんぜん理屈にならない。

欲しいっていうものは、
できるうちにできるかぎりかなえてあげたいっていうのも、
すばらしい親心かもしれないけれど、
少なくとも私は、彼の考えに賛成できず、

私にも甘々に、あれやこれやと与えてくれる彼を
少しもてあましているというのが、率直なところだった。

彼の部下が異動になり、その壮行会をした夜。
久しぶりに会った彼は、いつもより饒舌で
びっくりするぐらいよくしゃべった。

私は隣で、正面に座っている同僚の疲れている様子を気遣って、
静かにビールを飲んだ。
私の上司は、彼が私のことを好きだというのを、実に目聡く、
ずいぶん前から、気づいている。

私は、上司の表情を伺った。
上司は、なんでもないふうに、近頃の仕事のことや、
この前の北海道の出張の話なんかを、ゆっくり話した。
私は、少し安心をして、枝豆をぷつりぷつりと口に入れた。

じっと、相手の目を見て話す癖がお互いにあるせいで、
会話が途切れても目を逸らさず、この上司と話していると、
なんだか毎回、気恥ずかしい思いをする。
彼のフレンドリーな性質を前にしても、やや緊張するのはそのせいだ。

上司や、彼の部下とはよくしゃべったが、
隣に座っている割に、彼とはあまり口を利かなかった。


一人で終電間際の電車に乗ると、彼からメールが届いた。
今夜は本当に楽しかったことが長々と書かれていて、
また近いうちに会って下さいと締めくくられていた。

「そういうのって、なかなか簡単に切れないものなのよ。」
少し前にインドネシアに出張にしたときの相方だった
韓国人の女の子の言葉を思い出した。
彼女とはホテルの部屋も、飛行機の席も同じで、
1週間の出張中は、ずっとべったりほとんど一緒に行動して、
何から何まで知らないことはないくらいによく話をした。

「そういうのって、なかなか簡単に切れないものなのよ。」
冷房がききすぎて冷蔵庫みたいに寒い国内線の小さいプロペラ機に
二人並んで座っている時に放たれた言葉。
その前に、小さく連続して舌打ちをしたようにも思う。
彼女は、何か嗜めるときや、よくないわねぇと言う前には
必ずそうした。

そんな簡単に切れない彼を切ってしまおうと躍起にはならないけれど、
どうして彼はこんなふうに私をあやすんだろうとか、
どうしてこんなふうに次から次に求めるんだろうかとか、
うすらぼんやりした冷静さというか主体性のなさで、彼に接している。
飼った犬猫を最期まで面倒みない
鬼畜な飼主と等しい無責任さで以って
どう考えても、この関係はこのまま揮発していって欲しいと
願ってしまっている。



椎名林檎


すべりだい
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