2008年05月04日

Puttanesca



彼女は輪切りにされたブラックオリーブを選んで口に運ぶ。
伸びた髪を一緒に舐めてしまわないように、
片手で毛先をおさえて食べるしぐさが、
彼女が彼のものを吸い上げている時と同じで、
彼は一人でどきどきした。

細いグラスに注がれたビールを飲み干すと、
彼は思い出したように話し始める。
「昨日職場の飲み会の時に、違う部署の人にね、
この前、銀座で夜中にきれいな人と歩いてたでしょ〜!
って言われちゃってね。びっくりしました。」

「へぇ。やるじゃないですか。どなた?」

「あなたにきまってるでしょう。」

「あ。」
この前っていっても、銀座で会ったのは2ヶ月も前の話だ。

「私ですか。」

「そうですよ。」
彼は飲もうとしたビールを吹き出しそうになりながら笑った。

「目撃されてたってこと?」

彼女はやや眉間に皺を寄せ、首をかしげた。
お皿には、胸肉の娼婦風という、
よくわからない名前の料理が乗っている。

「そうみたいです。」

「で、なんて対応したんですか?」
彼女は相変わらず、肉は避けて、
オリーブばかりにフォークを刺し、口に運ぶ。
濃厚な塩気が口に広がる。

「しらをきりました。」

「ふふっ。おたくの会社がよく使う手じゃないですか。
身内に使っちゃ、絶対ばればれですよ。」
彼女はけらけらと笑って、ビールをぐっと飲んだ。

「そうかなぁ。うまくごまかせたとは思ったんだけど。」
彼は、うーんと腕を組んでしまった。

「ばれたら、やっぱりまずい?」
彼女は眼鏡の縁越しに彼を見た。今更そんなふうに聞くのは、
彼の正気を確かめたいからだ。

「そりゃあ、まずいでしょう。いいとはいえません。」
そういいながら、彼の表情は、さほど深刻じゃなかった。
彼女は、まずいのはそんな楽観的な彼の方だなと思った。

「奥さんってさ、ヤキモチやかないの?」

「あんまりかなぁ。妬いてるところってみたことないね。
むしろ、もう妬くような関係でもないし。」

「じゃあ、目撃されたと知ったとき、ちょっとは懲りた?」

「う〜ん。だったら今日もこんなところで
一緒にご飯なんてしてませんから。」
彼は、苦笑いというか、ぼやけた笑みを浮かべた。

「まったく暢気な人ですね。あなたって。」
彼女は彼女で、うふふふふふふと小さく長く笑った。

これは、まずい。

「今度からは、このあたりで会うのはよしましょうよ、せめて。
危ないわ。道端で手をつなぐのもこれからはなし。キスもなしよ。」

「そうですね。ごめんね。」

彼女は冷めた鶏肉をもぐもぐしながら、
にこりと微笑んでみせる。

話題を完全に切り替えて、
週末に買う車のことと、
先日あった息子の誕生日のことを
彼女はきいた。

この人は誰に対しても甘すぎると思いながら。



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