2008年05月25日

New York



「まぁ、かわいい靴ね!」

エレベーターに乗った途端、
先に乗っていた白髪の強いカールの年配の女が、
にこやかに言った。

「ありがとう。」
私はこれで今日何度目だろうかと思いながら、少し微笑んで、
階を示すデジタルのパネルを見る。


ロビー階で降りると、
元マネージャーがソファに深く腰掛けて待っていた。
エントランスを出かけると、
ベルボーイが手を上げて挨拶をする。
「よいゆうべを、お嬢さん。」

「やぁ、見違えたな。すてきなドレスじゃないか。」
元マネージャーは呟くようにそう言った。
駱駝に似ている、という印象をもつのは、
彼の睫毛が途方もなく長いからだろうか。

「このドレス、ビジネス・カジュアルの範疇よね。」
「もちろん、パーフェクトだよ。」

34番駅で改札を抜けると、
大きな黒人のおばさん二人組みが
巨大なビニル袋を提げてなかなか歩けないでいる。
巨大なおばさんと巨大な袋で進めない。
どうせ進めないので、手伝ってあげた。
乗りたい路線もたまたま同じだ。

「あんたちっさいのに力持ちだね!」
おばさんたちは笑って、何度もありがとうと言った。

86番駅で降りる。
「昨日もこの駅で降りて、セントラルパークを横に散歩したのよ。」
かかとを鳴らせながら、構内を歩く。

「君は、3年前よりずっときれいになったね。」
元上司はいたずら気な含み笑いをしながら言った。

「あのねぇジェフリー、あなたと仕事するときはいつも
作業着か山の格好だったもの。
こんな靴もドレスも着て見せたことなかったでしょ。」
階段を上りながら、振り返って言う。

「外側ももちろんだけど、僕がいわんとしているのは、
それだけじゃないんだよ。」
彼はさわやかな笑顔をたたえて、私を見上げている。

「わかってるわよ。
恥ずかしいからさらっと流しとこうよ、そういうのはさ。」

「照れ屋なところは変わらないね。」
彼は笑った。
そういう彼はというと、3年前とちっとも変わらず、ますます年齢不詳。
おそらく40手前くらいにはなっているはずなのに、
30代半ば、30前半くらいにしかみえないようなときもある。

ホームパーティの会場は11階。
エレベーターを降りるとすでに玄関のドアは開いていて、
広い応接間の壁をぐるりと広くくりぬいた窓から、
セントラルパークの緑と、マンハッタンの高層ビル群の景色が見える。

「さぁ、パーティの始まりだ。」

景色に圧倒されて立ち止まってしまった私の背中を
元上司がそっと押す。

「名刺はちゃんともってきた?」

「えぇ。」

「偉いな。俺は忘れてきた。」

「えぇ?何しにきたのよ?」

夜がはじまろうとしているマンハッタンの真ん中で、
私は素っ頓狂な声を出して笑った。


2年前にフィアンセときたときは、
おもしろくない街と思ったけれど、
自分の足できちんとあるけば、悪くない。
むしろ、この街に既に集まってきている多くの人と同じく、
この街が好きだと思うし、憧れをもつ気持ちもわからなくない。

彼の言うように、2、3年くらいは
住んでみてもいいかも。
そんな風に判断するのは真冬にここにきてみてからか。



Cat Power

New York



2008年05月10日

You don't love me (no, no, no)



一人で、クラブに出かけるなんていつぶりだろう。
連休を利用して、彼は道場の仲間と合宿に出かけている。

終電の新宿3丁目、
伊勢丹の角を過ぎて、クラブの前はたくさんの人だかり。

受付をパスして、ドリンクを受け取って中に入る。

顔見知りと話をしたり、踊ったり。
知らない人と話をしたり、踊ったり。

私が彼を連れてないことに気づいた人は、すかさず
彼は一緒じゃないのかときいた。
私は正直に合宿で不在なのだと答えた。

ミラーボール、スモーク、香水の香り、煙草の煙、
笑い、叫び、昔のジャズファンクのビート。
座ろうと思うたび、アゲるナンバーで攻めてくる。
「これじゃちっとも、休めないね!」
私たちは笑顔で腰を揺らす。

濃すぎるラムコークに顔をしかめつつ、舐めながら。

ぐるっとターンした拍子に、揺れる体がぶつかった拍子に、
零れるアルコールの上をすべるように女の子たちが踊る。

こんなに楽しいイベント、久しぶり。

ゲストDJを食い入るように見つめるオーディエンスは
フロントに溜まり、がら空きになってるフロアの後部で、
踊りたい人たちが集まって踊っている。

後ろからふっと手を掴まれて、
でたらめにサルサみたいなステップで踊った。

細身で背が高く、目深にくしゅくしゅのニット帽をかぶって、
顔はよくみえないけど、もてそうな男。

男はゆるく私を抱きとめると、耳元に唇をやって静止した。
音楽が止まったみたいな錯覚。
「何?なんか言いたいことがあるのかと思った。」
私は手を彼に預けたまま笑って、体を離し、ステップを踏む。

「そう思ったでしょ?
なんかささやきたかったんだけど、思いつかなかった。」

私は踊りながら、周囲をぐるりと眺め渡して、
今まで一緒に踊ってた女の子たちを探す。
彼女たちは、
椅子にかけて休んでいたり、眠りそうになっていたり、
カウンターで飲み物を買っていたり。
私に気づいて、笑顔を投げてくる子もいたり。

視線を彼に戻す。まつげの長い一重の、涼しい目をした男。

「なんか、ぐっとくる言葉いってあげたかったんだけどね。
かわいいねとか、そんな単純な言葉じゃなくてさ。」

変なヒト。
ターンを2回、彼から少し離れたときに、
その手をひょいと上に持ち上げる、さらに長身の男。
4回目のターンで、びたっと肩を止められる。
「美人だと思って捕まえてみたら、回りすぎ。」
革のライダースに黒ハット、そしてなぜか首には手ぬぐい。

「どーも。すてきな手ぬぐいですね。」
私は手をとられたまま、にこりとする。

「俺、あせかきだから、必需品なの。
しかも、5月だから菖蒲できめてみたりして。」

「まぁ、粋ね。革ジャン暑くない?」

「あっちぃーよ!脱ぐぞ。みるか?」

「みるみる。」
私はいいながら、笑った。
いいぞいいぞー、脱げ脱げ〜。

細い頬に無精ひげ、
目線が見えない、色つきのゴーグルみたいな眼鏡。
白い締まった二の腕。
でも、彼はそのまま腕を革の袖から抜いてしまうことは無かった。

「かわいいねぇ。今度うちのバーに遊びにきてよ。
ゴールデン街にあってさ、あそこの連中の店の上だから。
あいつら知り合いなんだろ?」

「うん。めっちゃたまに行く。」

「できたら店暇な日にきて。そんでさ、
店さっさと閉めてどっか一緒にメシ食いに出ようよ。」

「あはは。やる気ねぇ〜マスターですね。」

「いいの、いいの。道楽だから、適当で。
今日も客こねぇから、こっち遊びにきたんだよ。
連休って、さえねぇんだよなぁ。」

男は煙をふっとはきながら、わざとだらしない感じに笑った。
ひゃひゃひゃ。

私も真似して笑ってみた。

「あそびにいくよ。今度。めったに新宿こないけどさ。」

ミラーボールの反射した光が、彼の眼鏡を水平になぞる。
ネイルをきちんとしてこなかったことに、今になって気づく。

「いつもの2階はパスして、3階に直行だぜぇ。」


ミラーボールの外側に、朝が始まろうとしている。
そんなことはお構いなしに、ビートはきざまれていく。


You don't love me
Dawn Penn



2008年05月04日

Puttanesca



彼女は輪切りにされたブラックオリーブを選んで口に運ぶ。
伸びた髪を一緒に舐めてしまわないように、
片手で毛先をおさえて食べるしぐさが、
彼女が彼のものを吸い上げている時と同じで、
彼は一人でどきどきした。

細いグラスに注がれたビールを飲み干すと、
彼は思い出したように話し始める。
「昨日職場の飲み会の時に、違う部署の人にね、
この前、銀座で夜中にきれいな人と歩いてたでしょ〜!
って言われちゃってね。びっくりしました。」

「へぇ。やるじゃないですか。どなた?」

「あなたにきまってるでしょう。」

「あ。」
この前っていっても、銀座で会ったのは2ヶ月も前の話だ。

「私ですか。」

「そうですよ。」
彼は飲もうとしたビールを吹き出しそうになりながら笑った。

「目撃されてたってこと?」

彼女はやや眉間に皺を寄せ、首をかしげた。
お皿には、胸肉の娼婦風という、
よくわからない名前の料理が乗っている。

「そうみたいです。」

「で、なんて対応したんですか?」
彼女は相変わらず、肉は避けて、
オリーブばかりにフォークを刺し、口に運ぶ。
濃厚な塩気が口に広がる。

「しらをきりました。」

「ふふっ。おたくの会社がよく使う手じゃないですか。
身内に使っちゃ、絶対ばればれですよ。」
彼女はけらけらと笑って、ビールをぐっと飲んだ。

「そうかなぁ。うまくごまかせたとは思ったんだけど。」
彼は、うーんと腕を組んでしまった。

「ばれたら、やっぱりまずい?」
彼女は眼鏡の縁越しに彼を見た。今更そんなふうに聞くのは、
彼の正気を確かめたいからだ。

「そりゃあ、まずいでしょう。いいとはいえません。」
そういいながら、彼の表情は、さほど深刻じゃなかった。
彼女は、まずいのはそんな楽観的な彼の方だなと思った。

「奥さんってさ、ヤキモチやかないの?」

「あんまりかなぁ。妬いてるところってみたことないね。
むしろ、もう妬くような関係でもないし。」

「じゃあ、目撃されたと知ったとき、ちょっとは懲りた?」

「う〜ん。だったら今日もこんなところで
一緒にご飯なんてしてませんから。」
彼は、苦笑いというか、ぼやけた笑みを浮かべた。

「まったく暢気な人ですね。あなたって。」
彼女は彼女で、うふふふふふふと小さく長く笑った。

これは、まずい。

「今度からは、このあたりで会うのはよしましょうよ、せめて。
危ないわ。道端で手をつなぐのもこれからはなし。キスもなしよ。」

「そうですね。ごめんね。」

彼女は冷めた鶏肉をもぐもぐしながら、
にこりと微笑んでみせる。

話題を完全に切り替えて、
週末に買う車のことと、
先日あった息子の誕生日のことを
彼女はきいた。

この人は誰に対しても甘すぎると思いながら。



2008年05月01日

My Blueberry Nights



ダンスのレッスンが終わって、
火照った頬に夕方の空気が気持ちいい。

いつまでも終わらない、隣のビルの外装工事は、
いつのまにか水道管工事にまで拡張し、
徹底的に新しくしてやろうという威勢を感じる。

すっかり帰り支度を済ませた彼女は、入り口のところで、
煙草を口に加えたまま、バッグから薄紫色のコロンをとりだし、
首元にしゅしゅっとふりかけた。
吹きかける位置が、肌から近すぎたせいで、
霧のようにふきでたはずの液体は、彼女の首元をだらだらと垂れた。

「近すぎた。」
彼女は困ったように笑って、それを手でぬぐった。
私は「私にも分けて。」といって、指先でぐいっと拭うと、
耳元にそのまま擦り付ける。

アルコール依存症の彼女は、ビールを飲んでいないと、
体がカタカタと震える。
煙草の火をつけるのもカタカタとしてなかなかつかないので、
私は「やってあげようか?」ときく。

彼女はえへへと笑って、ライターを私に渡す。

一息、ふぅっとKOOLの煙を吹き出して、彼女はにこにことした。
私は手持ち無沙汰に彼女の前につったったまま、
リップクリームを塗った。

「ねぇ、なんで先週来なかったの?」
私はきく。彼女はえへへと笑って、煙を吐く。

「公演会の後、もうトラウマみたいになっちゃって。
ダンスのこと、考えたくなかったの。」
うふふ。彼女は貼り付けたような笑顔でそういう。

「やっぱり。。。」
私もうふふと笑う。
私も公演会の曲を聴くとなんだかドキドキしてしまって、
あれだけ繰り返し聞いていた曲は
全部ipodから消してしまった。

「それからさ、私彼氏にふられちゃった。先週。」
彼女は震える手で煙草を口に運ぶ。
顔も声も努めて明るくしているのがよくわかる。

彼女がもう彼しか見えないくらい大好きだったのは、知っていたから、
そうやって極めて明るく「ふられちゃった」といえる彼女の
今の気持ちが、私にはよく見極められなかった。

彼といえば、公演会の最終回に、最前列で観に来ていた。
私は眩しいライトの中で、
私は自分の彼を見るついでに彼女の彼もみた。
実際私の彼はというと、8列目くらいにいて、
ちょっと表情までは確認できなかったけれど。
彼女の彼氏は、じっと、彼女の方を観ていた。
舞台にいる他の女の子の事なんて、眼中にないように、
ずっとずっと彼女ばかりみていた。
踊りながら、私は妬けた。
ちょっと位、私を見なさいよと思った。
舞台で踊ると、そういうエゴが丸出しになる。
そしてそれが許される。不思議な感覚だ。

公演が終わった後、
その彼氏は彼女に500mlのスーパードライを差し入れして、
二人で並んで、おいしそうに飲んでいたのを思い出した。
それから、
「2週間ぶりに会った〜。」と嬉しそうに楽屋に戻ってくる
彼女の顔も。

あ。
ふられちゃったんだ。

私は唖然として、言葉が浮かばなかったので、
「よしよし。」といって、彼女の長い髪を撫でた。

「ダンスがんばって、かっこいい男の人ひっかけてやるっ。」
彼女は力なくそういった。
小さく握り拳なんて作って、突き上げてみたりしている。
小刻みに震える色の白い細い腕が、青い空気の中で溶け出しそう。

私は、「そうだ、そうだ」と彼女を鼓舞した。

「でも、たくさん泣いた。」
彼女はぽつり言って、
小さな携帯灰皿に短くなった煙草をねじ込む。

「失恋だもんね。」
私は彼女の前に突っ立ったまま、そういった。
ラップトップとファイルでぎゅうぎゅうになったバッグが
肩に食い込む。

こういうとき、自分より5つも年上の女の子に対して、
どういう言葉をかけるべきなんだろうか。

「うん。失恋しちゃったからねぇ。」
彼女は立ち上がる。細い細い足首。サイケな柄のタイツ。

「ねぇ〜、初回に観に来てくれてたサラリーマンっぽい人って誰?」
彼女が腕にくっつくようにして聞く。

歩きはじめながら私はにやっと笑う。
「おっともだちぃ〜だよ。」
客席に、他にスーツを着てきた人なんていなかった。
窮屈そうにあの人は前から6列目に座っていた。
スモークときつい照明の中で目を凝らすと、
彼はじっと私だけ見ていた。
私は彼に笑顔を向けた。そうすると、彼も微笑んだ。
薄暗い客席でも、それは十分確認できた。

「おっともだちぃ〜かぁ。」
彼女は暢気な声で繰り返す。

街灯のともり始めた商店街で、
おせんべい屋さんの前は、甘しょっぱい香りがした。


My Blueberry nights
(ウォン・カーウァイ、2007)


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