2008年04月03日

ゆめのあと



彼がくれたピアスは、
待ち針みたいに小さな小さなダイヤモンド。

氷のような繊細な磨りガラスのケースに
雫のように並んでいた。

「かわいい。」

彼女はじっとケースの中身を見つめたまま、つぶやいた。

「気に入ってもらえるかすごく心配だったんだけど。」

彼は、彼女の控えめに感動している様子を見守った。

「うれしい。でも、いいんですか。」

「もちろんですよ。
むしろこんなに小さなもので申し訳ないくらいです。」

彼女はその小さな粒をつまんでみた。
すごく繊細だけどきちんと作られている。

「きれい。」

彼女は、彼に微笑む。
彼女に、なんでもしてあげたいと思った。
できることなら。
彼女が喜ぶ顔をもっとみたいと思った。

レストランを出て、彼女は自然と彼の腕にぴったり寄り添う。
「ひさしぶりだから沢山甘えちゃおう。」
彼女は彼の目を覗き込むようにして言うと、すぐ照れて、
顔を彼の肩に隠した。
今までは彼が抱き寄せるか、手を繋ぐかするまでは、
彼女から先に彼に触れることはほとんどなかったのだ。
少し間を置くと、こういう効果もあるのかと、
彼はしみじみ感動した。

駅の裏のホテル街に忍び込む。
狭い部屋でむしるように服を脱いで、抱き合う。

幸せだと思えば思うほど、同時に
いつか、こんな夢みたいな時間が終わってしまうのかと不安になる。

そんな彼を、彼女は「心配性なんですね。」といって笑う。
「私はどこにも行きませんよ。
むしろ、幕を閉じるスイッチを持ってるのはあなたの方。
上手に閉めて下さいね。一瞬も遅れないで。」
彼女はシェードをかぶせたランプの灯りを肩に受けながら、
そういった。

どうしたらいいのかわからないほどの感情に
振り回されている彼には、衝撃的な発言だった。
彼女はもう何もかも結論を持って、自分に接している。

その揺るぎなさを彼は少し怖いと思った。
得体の知れないものと対峙するときの畏怖感に近い。

何かを手繰り寄せるように、
彼女の柔らかい二の腕に触れると漸く安心をする。
そうだ、こんなに華奢で、か弱いこだったとほっとする。

最近は気をつけて、
忙しくても3食おかわり付きで食べるように努力をしているらしく
一時期よりは、少しふっくらしたように思う。
それでも胸元は皮膚のすぐ下に骨がみえるほど痩せている。

彼は、彼女の体を撫でる。
細部まで、顔を近づけてよく見る。
「みっともない体でしょう。あまり見ないで。」

「そんなことないよ。すごくきれいです。
会わない日も毎晩思い出してる。」

「また調子のいいことばかりおっしゃる。」

肩が冷えてきたのに気がついて、彼は彼女に毛布をかけてあげた。
ふわふわとあたたかくて、彼女はうっかり、うとうとしてしまった。

彼女は額に手を当て、目を開ける。
「やばい、眠ってしまいそう。」

「いいですよ。少し眠って。時間になれば起こします。」

彼女が最近ほとんど眠っていないことは、
2つのプロジェクト関連のメールの送信時間からわかる。

彼女は返事をするかしないかの間に眠りに落ち、
無意識に彼の手をきゅっと握ると
ほとんど寝息もたてずに、彼の肩に頭をのせたまま眠った。

耳には小さなダイヤが
ランプのかすかなあかりを吸い込んできらめいた。



椎名林檎


ゆめのあと
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