2008年01月20日

confusion



低級のビジネスホテルの地下は
ダブルとツインのみのフロアになっている。
フロントではダブルは満室、ツインしか案内ができないと言われた。
こんな場末のホテルでも混むようだ。
上の階はシングルの部屋が並んでいるらしい。
階段を降りると、
一種の逢引宿のようになっていて、
両側を小部屋にはさまれて続く壁の薄い廊下を歩くと、
ドアの向こうから女の漏らす声が聞こえる。
右の部屋からも、左の部屋からも。

古ぼけた赤い絨毯。安っぽそうできらびやかな
ゴールドカラーのシャンデリア。

彼女は思わず、くすくすと笑った。
彼はどうしたのと振り返る。
「だって、あまりにも声が丸聞こえだからおかしくって。
ここ、本当に東京なの?」
あまりに屈託なく笑う彼女に彼は
少し困ってしまって、
うやむやと何かつぶやくようにただ微笑んだ。

カフェとラブホテルとラーメン屋だけは、
故郷の方が充実していたなぁと
彼女はのんきに思って、彼に促されるまま部屋に入る。

ドアを閉めてしまえば、心が逸る。
抑制して、落ち着きを、平常心を取り戻すために、
彼女は部屋を見渡す。

部屋にも小さなシャンデリアがあって、絨毯も赤。
隣の部屋の男女の声がもぞもぞと聞こえ、
その逆隣の部屋からはあえぎ声が
相変わらず聞こえるといった調子。

彼は脱ぎ散らかすことなく、
服は全部並べてもう一つのベッドに並べた。
脱がせた彼女の服もきちんとベッドの上に置いた。

彼女は彼とのセックスが好きだ。
最初に肌を重ねた時から、忘れられなくなった。
ほとんど何もかもがちょうどいい。
それから、何が一番いいかというと、回復が早く、
何度も何度も、抱いてくれるところだ。
彼が情熱的に抱き寄せるだけで、彼女の体はすぐさま反応した。
短い時間を惜しむように、彼は彼女を求めた。

「今時、大学生だってこんなに元気じゃないですよ。」
彼女は彼の肩に頭を凭れて、呟く。
すっかり温かくなった手足を絡めて、
天井のシャンデリアを眺める。
隣の部屋からも物音はしなくなって、
階上の自動ドアが動く音だけが時折、ごごごと響いた。
「すっかり興奮してしまって。すまないね、疲れたよね。」
「いいえ。全然。」彼女はにこにこと微笑んで言った。
「奥さんは、たいへんだろうなぁって思いますけど。」
彼の指をいじりながら、彼女は言う。
今夜、彼の指に指輪はなかった。
「妻とは、もうそういう関係はないですよ。
2人目の子供ができてからは年に1回あるかないかくらいで。
ベッドだって、毛布で壁つくられちゃってるから。」
「壁ですか。。。」
「できるだけ気に障らないように、気をつかってばかりです。」

彼女は彼から家族の話を聞くのが好きだ。
父親としての彼を見るのが好きなだけかもしれない。

「あなたとこうしていると、すごく幸せで満たされた気分になるよ。
ありがとう。」

「いえ。いつもお世話になっているのは私の方ですから。」
「それは僕も同じですよ。」

彼は彼女の閉じたまぶたにキスをした。
彼女は顔を上げ、彼の唇に吸い付く。

「あまり優しいことばかり言わないで、時々は意地悪してくださいね。」
「どうして?そんなことはできないよ。」
彼はそっと彼女の鎖骨に舌を這わせる。

「でも、そうしてくださらないと夢中になってしまいそうだから。」
「本当に?」
「ええ。好きですよ。あなたが予想しているより、おそらくずっと。」
「嘘でもうれしいなぁ。
憧れの女性にそんなふうにいってもらえるなんて。」

彼女は彼の目を見る。
暗くても、彼もまた、彼女の目を見つめているのはわかる。
それほどに二人はしっかり体をくっつけていた。
お互いの呼吸を感じていた。

「嘘だと思いなさるんだったら、その方がいいと思います。」

彼女はそういって、彼の胸にもぐりこむ。
シーツと肌の隙間から、体液の混ざり合った匂いがした。

「でも、もう一言だけ、今だけの本当の気持ちをいうと、
ずっとこうしていられないのが、寂しい。」

彼女の背中をしっかり包む大きな手に力が入る。
滑る蛇のようにシーツの摩擦音をさせながら、
彼はより強く彼女を抱きしめた。



椎名林檎x斎藤ネコ

錯乱
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