2008年01月17日

Marunouchi Sadistic



携帯電話の不在着信に気がついたのは、20分後。
黒糖梅酒のロックをデザート代りに、かけなおす電話。

斜向かいに座っている男が彼女を見つめる。
彼女は、暗い表情のまま、視線を落とす。

「Hey, what's up?.....well, not much.」
彼女は壁の方を向いてぼそぼそと話をした。
誰も彼女の電話を気にせず、それぞれの話を機嫌よくしていた。
彼は仕事の話に相槌をうちながら、意識は彼女の声に耳を傾ける。
はっきりとは聞こえないが、口論をしているようにも聞こえた。

彼女は眉間に皺をよせたまま電話を切り、
少し乱暴にバッグに戻すと、梅酒を一口すすり、
テーブルにどんっと置いた。
表情は険しいまま。

彼と目が合うと、彼女は少し悲しそうに微笑んだ。

お店を出て、JRの駅へ向かうグループと、
メトロの駅へ向かうグループとに別れた。

彼と彼の部下、彼女の3人はメトロ。
部下は新橋で降り、彼と彼女は電車のドアが閉まると
微笑みあった。

「まだ、少し時間があるから、飲みなおしませんか。」
「えぇ。そうですね。」

彼は降りるべき駅を乗り過ごし、
彼女の降りるべき駅で一緒に降りる。
彼は人混みの中、さっと彼女の手を握った。
指の間に指をすべりこませて、強く握った。
彼女の指は細くて白くて、壊れてしまいそうにみえた。
彼は指輪をしたままの左手で、
そっと彼女の手を持ち上げるとキスをした。
凍えそうな手に、彼の唇は温かかった。

八重洲を少しはずれたこのエリアはこの時間にもなると、
ほとんどが店を閉めてしまっている。
2,3件の飲み屋で断られ、当てもなくしばらく歩いた。

「静かですね。」と彼女は言って、続けざまに
「やっぱり、銀座で降りていればよかったかも。」と呟いた。
彼は強く手を握り返すと、
「あなたとだったら、どこでもいいです。
でも、それだと、あなたがかわいそうですね。
ずっとこんな寒いところをうろうろさせてしまって。ごめんね。」
と言った。
彼女は「いえ、歩くのは平気です。」とだけ答えた。

高島屋の脇を歩く。彼女は、この建物をけっこう気に入っている。
「さっきの電話は、カレですか?」
「えぇ。今夜、飲んで帰るっていったのに、聞いてないよって、
怒られちゃった。忘れっぽい人なんです。」

「心配なんですよ、男は。やきもちもやきますし。」
「そうですか。」

オフィスビルの大きな人口大理石の柱の陰を通りかかったところで、
彼は彼女をそこに押し付けるようにして、唇を塞いだ。

彼のキスは、優しかった。
唇も耳もうなじも、頬も、額も、
凡そ露出しているところにはキスをしてくれた。
彼は彼女の肌を柔らかいと言った。
スカートの隙間に手を差し入れて、
一番柔らかくて潤んでいる場所に指を滑らせた。
彼女は彼のコートの襟をしっかりつかんで、白い息と言葉を漏らした。
「きもちいい。」
この言葉が彼をどうしようもなく喜ばせることを、
彼女はもう知っている。

帰路を急ぐサラリーマンやOLが時々傍を通りかかったが、
ほとんど誰も2人の方を見ないで、通り過ぎていった。
一人、30歳くらいのサラリーマンが振り返って見たので、
彼女はその男に微笑んで、片目を閉じてみた。
男は、ばつの悪そうな表情をして、
前を向き、足早に去っていった。



椎名林檎


丸の内サディスティック
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