2008年01月13日

sounan



再来週に、出張があると彼は言った。

「今、あっちはマイナス4度だって。」

「結構寒いんですね。何日間?」

「小さな会議でね、3日間だけだよ。」

店の一番奥の6人席。
南国リゾート風のお店であることはいいが、
暖房直下の席は異常に暑く
彼女は薄手のニットだけでうっすら汗をかきそうなほどで、
彼も、スーツのジャケットを脱ぎ、腕をまくっている。
コンタクトも乾けば、のども渇く。
ビールがどんどんすすんだ。

「私の方は来週イベントがあって、大阪に1泊です。」

「さすがだなぁ。年明け早々、ご活躍されていて。」

「いえ。今回はただの雑用係です。受付とか。」

男は彼女の指に触れる。彼女の左手に指輪はない。
前回会ったときはしっかり、薬指にあったものは、
右にも左にもなくなっていた。
いつもと変わらないのは深い真紅のネイルだけ。

前回会ったとき、彼女は唐突に質問をした。
「指輪、どうしたんですか?
鞄同様、酔ってなくさないために、おいていらしたんですか?」
彼女の落ち着きは、新卒という事実を一切漂わせないのに、
時々どうして、こんなふうに、
若さゆえの無知をあまりに無防備に晒すのである。
理由を説明したときに彼女は、艶かしく、そっぽを向いた。
昭和通りを2,3はずれた脇道を、
銀座に向かって歩いているときだった。
「私は配慮に欠けていますね。指輪をしたままで…」

その彼女が、今夜は指輪をおいて、自分と会っている。
男は、よろこんだ。

こんなことだけで。


「年末、あなたにお会いしてから、
あなたのことばかり、考えていました。
だから、会いたいってメールが来たとき、
本当にうれしかったんです。
本当なら僕から、するべきだったんですけど。
気恥ずかしくて、なかなか言い出せなくて。」


彼女はうつむいて、ビールをすする。
大のオトナが青春している様子こそが、
なんだか気恥ずかしくて見ていられなかったのだ。
オトナの男が、自分の意思ひとつで、溺れる。
もしくは溺れるふりをしようとしている。
「遊び」としては申し分ない。
でも、最悪のシナリオにはまれば、共倒れもありえる。
ストーリーが理想どおりに進むことなど、
まずもって、ありえない。
そもそも、理想なんて求めていないかと彼女は目を閉じた。

「あなたは、私に何を求めてるんですか?」
彼女はさっくりとした口調で問う。
打ち合わせや、会議でききなれた、打算のない直球の口調だ。
彼は、驚いてしまって口篭る。

「ごめんなさい。いじわるを言うつもりじゃなかったんです。
ただ、あなたのことがもっと知りたくて。」

二人とも黙って、それぞれの皿に点在する「遠慮のかたまり」を
集めて食べた。
その間、今までの会話が休止したかのように、
事務的にどれをどちらが食べるかをぽつぽつと受け答えした。
そして、彼女は、鶏をたべ、彼は青パパイヤをかじった。

「僕は、、、あなたを不安にさせていますか?」

「いいえ。未知なだけです。」

「未知、ですか?」

「えぇ、名前と経歴、仕事のこと以外はまだまだ未知です。
こんなに沢山お話したのに、あなたのことは何もわからない。」

二人はまた黙り込んでしまって、時々グラスを口に運んだ。
どちらかというと体育系の彼には
ベクトルの違いすぎる「難しい」話だったのかもしれない。

「つまり、あれ?恋ってこういうふうに、始まるものだっけ。」
彼女はつぶやき、グラスにさしていたレモンを齧る。

未知で、興味をもって、知れば知るほど、さめていく。
知りすぎて、自分のものになってしまって、
大事であることは確かなのに、心がざわめくようなことはなくなって、
そういうことも求めてなくなって、ただ平穏にあってほしくて、
やがてそれとは並行に焦がれるものに興味を持つようになる。
また、別のものに。

その繰り返し。繰り返し。

「ねぇ、そうなんでしょう?」


東京事変

遭難
by youtube.com

2008年01月10日

Chevreuil



まだ12月にもならないのに、街は5時にもなると暗く、
街路樹に巻きつけられたイルミネーションが
じゃらじゃらと賑やかに瞬く。

渋谷駅を降りると、TGIFめざして走る。
誕生日パーティをしている友人に
艶っぽい紫のブーケと美術館のペア招待券をプレゼント。
テキーラのショットを一杯祝いに空け、ハグとキスをし、
今夜一緒に祝えないことをたくさん詫びると、
自分のテキーラ代だけ置いて、すぐに店を飛び出し、
今度はタクシーを捕まえ、飛び乗る。

約束の時間は7時半頃。

「ミッドタウンの北西側まで。」
タクシーの運転手は一瞬間をおいてききかえす。
「北西側って、どこ?」
「乃木坂駅に近いほう。」

無愛想な運転手だったが、かなりとばしてくれたおかげで、
半ば諦めかかったが、7時半ちょっとすぎには着いた。
約束の場所は閉館で、受付の女の子に確認をとって、中に入る。

暑い。
彼女はコートを脱ぎ、近くのスタッフに彼がどこにいるかをきいた。
そうして、待っているうちに、
彼はお手洗いの方からすたすたとまっすぐ歩いてきた。

「あれ。今日聞いてたの?」
「いいえ。ちょっと間に合わなくて。
すみません、今ついたところです。」
「そう。残念だったね。じゃあ、30分くらい待っててくれる?
打ち合わせが終わったら、その辺で何か飲みましょう。
ビールは好きですか?」
「はい。大好きです。」

彼女は、顔がふわっと赤くなるのが自分でもわかった。
走ったせいだ、テキーラのせいだ、空調があつすぎるせいだ。
そう思ったけど、それだけじゃないのは一番わかっていた。
心臓がうるさい。

「じゃあ、終わったら携帯に電話するから。僕の番号は知ってる?」
「いいえ。」
彼はさらっと携帯の番号を彼女に教えて、
「Staff Only」のドアの向こうに消えた。

彼女は脱力したような足取りで、階段をあがり、表に出る。
冷たい夜風が頬に気持ちがいい。
青いじゅうたんのようなイルミネーションを左目の視界の端において、
近くのベンチに腰を下ろし、読みかけの民俗学の本を読む。
携帯は、かばんから取り出して、横に置いた。

結局携帯が鳴ったのは、40分以上過ぎた頃で、
彼女の頬はすっかりひえてしまったので、
屋内の犬用品店の前のベンチに場所を変えていた。

「遅くなってごめんなさい。今どこですか?」と彼はいい、
「いえ。えっと、これはどこといえばいいんだろう。
犬屋さんの前です。」と彼女は答えた。
「あぁ。入り口のところのだね。わかった。すぐいくよ。」
”犬屋さん”という表現に対して苦笑しているのが
電話越しに聞こえる。
彼女はしまったと思った。流れてしまいたくなった。

彼は間もなく現れて、二人はフロアを歩きだす。
木質のフロアは歩くとこつこつと硬い、いい音がする。
メインゲート側に出ると、
イルミネーションの大きなツリーがあった。
「わぁ。すごいね、これは。もうこんな季節なんだね。」
彼の率直な感嘆に、彼女もつられて「わぁ。」と呟いた。
あまりイルミネーションなどに心をひかれることはないのに。

すぐ近くのバーの2階にすたすたあがる。
スタッフたちが途端に慌て始める。
彼はオーナーの友人で、ここにはよく来るのだそうだ。

ペールエールを頼み、ざくっとグラスに注ぐ。
半分も入れないで、わしわしっとグラスを回す、
彼のそんなしぐさに目が釘付けになった。

品のいい形をした、大きな手。

他人行儀のままカンパイをして、他愛もない話をするうちに、
日本は牛肉とビールだけはイケてないという点で意見が一致した。
ビールはエビス以外認められない。
他のビールは米の味がする。べっとりと甘い。
テーブルを挟んでいても、ぐっと距離が縮まる感じがした。
食べ物の嗜好が似ている人とは気も合いそうな気がするものだ。

彼は彼女に「若いのに」とか「女性なのに」という言葉を使わない。
対等に、話をする。そういう姿勢が自然と表れている。

「私ね、はやく年をとりたいんです。」
組織の話をしているときに、彼女はぽつりとそういった。
「そしたら、もっといろいろやれるのにって思う。
若いのは枷が多すぎるっていうか。」
「そうだね。僕も若い頃よりも今の方が思うように、
ずっと自由にやれてると思う。周りの反応も変わってくるしね。
ちゃんと話をきいてくれるようになってきてる。」
「若さにこだわる方も大勢いらっしゃいますけどね。
私はそういう理由で老いた人がうらやましい。
って、あなたが老いてるっていってるんじゃないですよ。」
彼女は彼にならって、グラスにビールをざっと注ぎ、まわした。
彼は、はははと笑って「もうすぐ50ですから。」と言った。

「でもね、若い頃にそういう思いをするのは大事ですよ。
僕にもそういう焦りとか苛立ちとかがあったから、今がある。」
「本当?」
「そうですよ。そういうのを忘れないで、
時期が来るのを待っていればいいんです。
何にでも、適切な時期はめぐってくるものです。」


成果をすぐに出さなくてもいい。

そういわれた気がして、彼女の心はふっと軽くなった。


「これ、おいしかったね。おかわり頼んでもいい?」
空になったシェブルイユのタタキの皿をじっと見て、彼はいう。
彼女はその時、なんだか、かわいい人だなと思った。
少し、大学時代の担当教官に似ている。
「えぇ。私もこれ、もうちょっといただきたいです。」

「やっぱり、おいしいお酒とごはんを
ちゃんとおいしそうに食べる人と一緒だと、楽しいね。」
「その点では私、今のところ妥協してません。」
「はははっ。あなたは、正直そうだからね。
すぐつまらないと思っているのが顔に出るでしょう。」
「えぇ。だから、最初から断るんです。嫌な予感がするときは。」
「僕、若いときは我慢して出席してたけどなぁ。そういうのも。」
「実り、ありました?」
「結果的には・・・なかったね。ははは。
もう付き合いないね、そういう人たちとは。」

彼女はにこにことして、ビールをごくりと飲み干す。
オレンジのようなさわやかな香りが、すっと抜けていく。

「おいしいモノに申し訳ないことをしてきましたよ、僕は。
今は、もうそんなのは全部断っていますが。」

「正直なのはお互い様ですね。」

はやく彼に追いつきたい。
彼女はふとそう思って、そのハードルの高さを目前に実感しながら、
届かない気もしなかった。
それも若さが所以するものだと思ったのだけれど。

2008年01月04日

karisome otome



「よしっ、今夜は飲み倒そうぜ。途中で帰っちゃいやよ。」

普段は抑え気味だけど、本当はよく通る声で、
目の前の上司たちに声をかける。
3週間に渡るほぼ毎日の外部や近い同僚との飲み会ラッシュの
最後の最後に会社の忘年会はきた。
大トリだ。

ビールをいいピッチであけ、熱燗をガンガン飲み交わす。
料理が想像通りにシケていたせいで、酒に走ってしまう。
自分自身、この調子は酔っ払いそうと思いながら、止まらなかった。
自棄酒に近いところがあったのかもしれない。

一度トイレに立って、席を入り口近くの上司の隣に移す。
ドスンと座ると、くたっと上司の胸に顔を埋める。
彼のデニムシャツからはラッキーストライクのにおいがする。

「どうしたの。酔っちゃったの?」
上司は背中を優しくさすってくれる。
「人肌でも恋しくなったか?」
「それは、ないです。毎日うっとうしいほど、そばにありますから。」
そういいながら、彼の胸にくっついたまま、べったり離れなかった。

隣の同僚も同じくたずねる。
「どうしたの?もう眠たいの?」
がばっと身を起こすと、今度は彼の腕にぺったりはりついて
「そんなことないです。眠くありませんよ。もっと飲みましょ。」
そういって彼の肩にこめかみをすりつけ、右手で酒をざばっと注ぐと、
満タンのお猪口を彼の口に持っていく。
「俺はもういいよ。」
「いいってどういうことよ。おまえさん、
私のついだ酒が、のめんっちゅうことか?」
「そういうわけじゃないんだけどね。もう俺もだいぶヤバイから。」
まじまじと彼の顔を覗き込み、にまーっと笑う。
「そなの?じゃああたしが飲んだるけんねぇ。見よって。」
そういうと一息にきゅっと杯を空け、それをそのまま上司に差し出す。
「受け取ってください。部下の愛を。」
「いくらでもうけとめてやるよ。かかってこい。」
と彼はいった。私は上司のそういうところが好きだ。

ぐっと飲み干した彼の胸に再び、戻る。
「さすがです!ボス!」
二人でぎちっと堅い抱擁を交わす。

心底安心するのだ。この人たちは。大事にしてくれる。



最近ようやくわかってきたこと。
ただ、知的に刺激ある会話をするだけなんて、
成り立たないのだ、オトナの世界は。
知性もセックスアピールになってしまうんだ。
大学の外っていうのは。

それなりの格好をして、それなりのお化粧をして、
落ち着いた、相応の話し方をするだけとか、
知った風な口の聞き方をするだけとかで、
おおよその男は自分に関心を持つ。
食事に誘ってくれる。ちょっとしたプレゼントをくれる。
より仕事のしやすい環境を、待遇を、細工してくれる。
少なくとも、そういう努力をしてくれる。
そうすることで、体という見返りを求める男もいる。

島耕作の世界は女子にとってのNANA同様、
ただのサラリーマンの妄想だと思っていたが、
意外ともう少しリアルであるようだ。

人肌なんかが恋しいんじゃない。
一滴のセックスもない関係が恋しいのだ。

朝まで飲んだり歌ったりしても、
朝まで同じ毛布の中でDVDをみても、
何にも起こらない関係が恋しい。
青臭い、友情とか、アンコンディショナルな愛情とか、
そういうものは、つい最近までありふれていたのに。

一緒に食事をしただけで、
すぐにセックスがちらつくような関係なんて、
チンケだ。

関係だけじゃなくて、相手も。
なにより、自分の程度の低さを突きつけられるようで、
正直なところ、傷ついてるのかもしれない。
平気な気分でいるし、じき慣れるだろう感覚もあるけれど、
自分の意外なナイーブさに愕然とする。

なめられない女になりたい。
なんて非現実的すぎる理想か。なんていって、
ポストフェミニズム世代としては、この目標は些かしらけてしまう。
そんなのも逞しく活用できる強かな女になりたい。
こうしようか。


椎名林檎
オフィシャルサイト

カリソメ乙女
by youtube.com



×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。