2007年12月28日

Metro



クリスマスの休暇の間、男は実家のある街に
妻と子供を連れて行った。
新年はそこから新幹線で3時間、電車に乗り換えてもっと奥の
妻の田舎に帰省するのだといった。

その正月休みまでの間の4日間、男は一人、東京に戻り働いている。
霞ヶ関の真ん中の、無意味にIDチェックをするオフィス。

打ち合わせは、彼女にとっては退屈だった。
一瞬気を抜いて、退屈そうな顔をしたのを、男は見逃さず、
オフィスから戻ってメールをあけると
「途中、退屈そうだったね。ごめんね。」
というメッセージが届いていた。

なんだ。バレてたんだ。
彼女は無意識に微笑んだ。
追伸には、今週2人で食事にいかないかと書いてあった。

それで、今夜、こうして2人で食事をしているわけだ。

大江戸線の深さを計算にいれていなかった彼女は5分遅刻した。
前回は遅刻ではなかったけど、男の方が先について待っていた。
いつも遅くてごめんなさいと彼女は謝って、
男は、忙しいのにいつも付き合ってもらってごめんねといった。

息を整えながら、ビールを頼む。
彼女がそうやって走ってきたことや、ちょっとあせばんだ額を
男はかわいく思えて、目をしばしばさせた。
それから、荒い呼吸や額の汗は、いろんな想像をかき立たせた。

初めて彼女と男が出会ったのは3ヶ月も前のこと。
レーザーポインタが切れたせいで、映し出されたスライドの前を
大きく腕を伸ばしたり、跳ねたりしながらも、
妙に落ち着き払った声でプレゼンをする彼女に、
参加した大概の大企業の部長連中はファンになり、
男もその中の一人だった。

今夜の店は彼女が選んだ。

センスのよさに男は「感激した」といい、彼女は笑った。
一回りも歳が上のまじめそうな男が「感激した」なんて
似合わなすぎる。

男は何皿も注文し、さらに注文しようとするので、
「また食べきらなかったら、
もったいないから、後にしたらどうですか?」と彼女はとめた。
どれもおいしくて、きれいに食べきってしまった。

男は3杯目の八海山を飲み、
あれだけ食べておいてまだ足りないという彼女は冷やしトマトと、
デザートにこってりしたクレームブリュレを食べた。

「どんな状況でも自分の言いたいことは、
言うというのが男だと思うんです。砕けることがわかってても。」
と彼は突然言い、彼女はふわっと笑うと
「そうですね。」といった。

「僕には妻も、子供もいるし、あなたには婚約者がいる。」

彼女はクレームブリュレのカラメルを割る手を止めた。

「でも、僕は今夜、あなたがほしい。好きなんです。
既婚者の身分でこんなこというのもおかしいですが。」

「随分酔ってますね。」
彼女は笑っていった。
酔っ払った勢いで
でたらめを言っているわけではないことは判っていた。
何度も打ち合わせをしたり、会議で顔を合わせたりしているのだ。
彼の視線には気がついている。
それに、いつもしている左手の指輪を今夜ははずしていることにも、
気がついていた。

「きれいな人だから、こんなこと言われなれてて、
聞き入れてもらえる確率もほとんどないと思うし。
言ってみて、ダメでもね、僕はいいんです。
本当に、自分でもびっくりするくらい、好きです。
今夜の僕の目標は、あなたの唇にキスをすることです。
それができれば、僕はもう、大満足です。」

彼女はスプーンをぺろりとなめると
「まぁ、そういうこともありますよね。
結婚してても恋してしまったり。しょうがないですよ。」
と、他人事のように、こともなげに言った。

「はい。しょうがなくて、すみません。」
「謝るところじゃないですよ。やっぱり酔っ払ってる。」
「いえ。。。まぁ、ちょっとは酔っています。」
彼女はにやにや笑って、最後の一匙をなめた。

「それこそ、しょうがないですね。じゃあ、店をでましょう。
外に出れば、頭も冷えるかもしれないですし。
まだ飲みたいなら、もう1軒つきあいますよ。」

会計をテーブルで済まし、
フロントで預けていたコートを待っている間、
彼は彼女の頭に何度かキスをした。
前回、駅で別れたときみたいに。

階段を降り、通りに出る。

この優しい男のことは嫌いではない。
一生懸命に、きをつかってもくれる。
きもちのいい言葉もたくさん注いでくれる。
だったら、今夜はどこに行こう。誰と眠ろう。
彼女は人ごみの中で空を見上げた。


東京事変
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2007年12月01日

lay your head down



赤羽橋での報告会に参加して、ビルを出たら
まだ夕方の5時を回ったところなのに、もう
冷たくて暗い夜になっていた。

上司は煙草を吸ってもいいかといい、私も彼に付き合って、
小さなお稲荷さんの風下で煙草をくわえる。
重たいジッポの火をもらって、ぐっと吸い込み、吐き出す。

青白い煙がたゆたゆ流れて、それを
目の前を歩くサラリーマンたちがかき乱していく。

「それ、ガラム?」上司はきいて、私は笑って首を振る。
「丁子の煙草はガラムだけじゃないんですよ。」
二口目を吸い込むと、クローブがばちっとはじけた。
甘ったるい南国のにおいが東京の芯で広がる。
「これはサンプルナっていって、ガラムより柔らかいんです。」
「へぇ。いろんな種類があるんだね。」
「でもやっぱりフィルターは甘いの。甘くないのはカントリーとか。」
「いろいろ知ってるんだね。」
「えぇ。学生時代、大事な調査道具でしたから。
男には、煙草。女子供には、飴と折り紙。」

上司はラッキーストライクを口にくわえたまま、微笑む。
肩まである長い髪をしばっていたゴムをはずすと、
片手でわしわしと結び癖をほどく。

「あっちでは、なんの煙草が人気なの?」
上司は深々と真っ白い煙を少しそっぽ向いて吐くと、そういった。
「マルボロはおじいさんでも高校生でも喜びますよ。
日本の煙草だと、ショートホープ。」
「あぁ、サイズからしてインパクトあるもんね。」
「そう。日本人はなんでも小さいのがすきなんだねって大喜びすんの。」

右肩越しに東京タワーが見える。
見上げるほどに近い。タワーには「TOKYO」と書いてある。
「そこまで主張しなくても、わかりますよね。」と言うと、
上司は、めずらしくきちんと声をあげて笑った。
「ちょっと見ていく?初めてじゃない?」
「うん。初めて。
そういえば、初めて東京ドームを見たのも、ご一緒の時でしたね。」

「そうだっけね。いつだったかな、あれは。」
細かい雨が降っていて、肌寒くて、
街全体が青ざめていて、人に全然すれ違わなくて、
街路樹の樹皮ばかり黒くて、見上げると雲が白くたっぷりしていて、
そんなことばかりしか、覚えていない。
すんと寂しい気持ちになって、
隣に一緒に歩いている人がいることに安心した。

煙草を小さなケースでもみ消して、歩く。
東京タワーの景観のために、
周辺に高い建物が建てられない決まりになっていると上司は言った。

私は、作り上げられたぎとぎとの美しさに、
心がふるえることはあまりないけれど
そういうものの背景にある、人々が考えてきたくふうとか、
考え抜かれているデザインとかには感動してしまう。

こんな世界でも美しくみえたり、いとおしく思えるのは、
そういう理由。


keren ann
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