2007年11月04日

no woman no cry



明日の朝には飛行機に乗って、帰る。
彼女にその実感がわいたのは、ママとノールが少し泣いたとき。

飲み物屋の2歳になるプトゥリには宿に帰るのも日本に帰るのも
区別がつかないので、
「おばちゃん明日、日本に帰るよ。またね。」
と言っても、甘い豆のお粥に夢中で、
彼女の方をちらっと見ただけで手も振らなかった。
「いたずらばっかりしないで、ママのいうことはちゃんときくのよ。」
彼女はプトゥリの額にキスをし、頬についた豆の皮をとってやった。

母親はその隣で、少し寂しそうに微笑む。
「今度はいつくるの?」
彼女はわからないと答える。でもきっと、またすぐに。

ママからもらったたくさんの揚げ菓子を片手にぶら下げて、
ノールと手を繋いで表の通りまで出る。
モスクから駆け足で帰ってきたノールはジルバブをつけたままで、
そうすると、ノールの顔はさらに小さく見える。
眉間に皺を寄せて、涙を堪えているノールは、
「絶対、またすぐに来てね。」といって、手を振った。

何回振り返っても、ノールは同じ場所に佇んだまま、
ずっと手を振っていた。
彼女も何度も手を振る。
ママやノールと同じように涙がこぼれて、
駐車場ゲートのおじさんたちが何か言うのも手だけで返事して、
まっすぐ浜辺に向かった。


バーの手前10mで、カウンターにグスがいるのを見つけて、
彼女は慌てて涙の跡を拭く。
スタッフたちの定席には、オゲとプトゥがいて、
彼女の大きな荷物が何なのか尋ね、
なぜ彼女の目が潤んで赤いのかを尋ねた。

オゲは
「悲しまないで。今夜は一晩中飲むんでしょ?」
と言った。
「うん。あ、しまった。お金があんまりない。」
彼女は、持っていた紙幣の半分くらいを、
ママに預けてきた。ジューサーが故障していたので、
修理代に使うように言って、あげた。
お世話になったからという理由だけれど、
プライドの高い人たちだからそういう理由では受け取らない。
親切に対してお金で返すのはだめで、親切には親切で返す以外にない。

オゲは「気にしないで。まずアラックコーラよね?」と言って笑った。
彼女はグスがいることで、舞い上がるような気持ちを隠すのに必死だった。
恥ずかしくて、グスの方もまともに見れない。
そういう意識を、オゲはきちんと見抜いて、にやにやする。

グスはカウンターから出てくると、
彼女に手を差し出す。「こんばんは。調子はどう?」
「げんきだけどちょっと寂しい。」
「なんで?」
「ママとノールが泣いちゃって、私も悲しくなったの。」
「あぁ、いつもの食堂の?」
「そう。」
「大丈夫。またすぐ会えるよ。」
グスは彼女の頭をぽんぽんと撫でる。

プトゥもオゲも自分の仕事に戻ってしまっていて、
席についているのはグスと彼女だけになっていた。

「ずっと会いたかった。もう10日くらい経つかな?」
そういうと彼女はコーラの瓶に注がれたアラックを、
供物として少し地面に垂らした。

グスはそれが終わるのを待って、グラスに氷をいれ、レモンを絞る。
「ずいぶん経ったね。俺もすごく会いたかったよ。」
「どうして昨日、来れなかったの?」
「お客さんがいっぱい来てて、出られなかった。
客が帰るのをテレビ見ながら待ってたら、寝てた。ごめん。
メールを送ろうとは思ってたんだ。」
「疲れてたのね。」

彼女はアラックを注ぎ、グスはその後にコーラを注ぐ。
何も言わなくても、何をすればいいのかわかる。
そういうのが心地いい。

「今夜は、朝まで一緒にいたい。」
グスが遠慮がちに言うので、彼女も俯いてしまう。
「朝までいて大丈夫なら。」
グスは風邪引きの娘のことを一瞬考えたが、
自分の妻子に遠慮している彼女をいじらしく思えて、
思わずその頬に手を当てた。

トス、と言って、グラスをぶつける。
「ねぇ、昨日祖霊送りの行列があったでしょ?」
「うん。俺そこにいたよ。来てたの?」
「えぇ、たまたま。近くの仕立て屋さんに用事があったから。
グスいるかなと思って探してみたけど、人が多すぎてわかんなかった。」
「なんで仕立て屋にいったの?」
「クバヤを仕立ててもらってたの。」
「クバヤ?まじで?何のために?」
「儀式のためじゃん。行くかどうかわかんないけど。
つまり、まぁとりあえず、ほしかったから。」
グスは大声で笑った。
「なにがおかしいの?」
プトゥは調理場から「すっげー似合ってるんだよ!」と叫ぶ。
「だって、いよいよバリ人みたいじゃん、おまえ。
アラック飲む時はまずお供えするしさ。そんな外人みたことねーよ。」
「だめ?いいじゃん、お供え。」
「だめじゃないよ。俺はすきだよ。でも、おもしろすぎる。」

彼女は若干頬をふくれさせ、
「もうグスには見せてやらん。」とわざと意地悪を言った。
「なんで?みせてよ。みたい。」
「本当に?それでまた笑うの?」
「笑わないよ。きっと美しすぎて眩暈がして倒れてしまうよ。」
グスはげらげら笑って、オゲもコンピアンもカウンターで爆笑した。
「そりゃ、正しいぜ。
もうちょっと乳がでかけりゃ、パーフェクトだけどな!
カップサイズが大きめのビスチェ使ったらいいんじゃないか?」
コンピアンが笑い声を張りあげると、
「乳はでかけりゃいいってもんじゃないよ!」と
オゲもひらひら笑いながら反論する。

「もーいいよ、オッパイの話は!充分!」
彼女は咳き込みながら笑う。
笑いすぎて気管が痛くなってきたのだ。

これでしばらく、こんな賑やかな夜ともお別れだと判っていても、
笑っていれば実感はなかった。
いつも、当日の朝になって、
最後の水圧の頼りないシャワーを浴びている時に
突然辛くなるのだ。


no woman no cry
tributed by jimmy cliff & erykah badu

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