2007年11月20日

setia



彼女は彼の肩に頭を凭せ掛けて、
テレビをながめていた。

初めて二人きりででかけたのは、思えば、
店を閉めた後に行ったスープ屋さんで、そこでも
あまり会話をせず、テレビをみていたんだった。

そのときは、中国の悲恋映画で、
今夜はインドネシアの青春映画だ。

彼女は彼の体の刺青を撫でる。
すこし表面が盛り上がっていて、
目を閉じていても、そこになにかがあることがわかる。

左肩の花模様が、彼女は好きだ。赤と黒のモダンなパターン。
「あなたは、ディノみたいに奥さんとか娘の刺青はいれないの?」
指まで刺青だらけのディノの肩に彫っている女の人の目には
絆創膏が貼られている。
理由は
「モトカノだから、イマカノをみて嫉妬しないようにしてるんだ。」
とか、
「こいつの目をみると恐ろしくて心臓マヒでしんじゃうんだぞ。」
とか、
いつも適当なことを言っているけど。

グスはふんと口の端を下げて、
「いや、別にいいかな。。。そういうのは。」といった。
それから、
「おまえさんこそ、刺青はしないのかい?」
といった。
煙草の灰をとんっと落とす。

「あんまり。温泉入れなくなるし。」
「なんで温泉入れなくなるの?」
「なんでかしらね。でも決まりなの。」
「誰が確認すんの。」
「わかんないけど。」
「不思議だな。まぁ、そんなのきにすんなよ。」
「えぇ。不思議よね。」

「おまえさん、今度こっちくるときはさ、俺のモデルになってよ。」
「絵の?」
「うん。あ、でも裸じゃなくていいから。」
「いいよ。どっちでも。」
「じゃあ、裸にしよう。」
彼はがががと笑った。

「お礼に、新しいクバヤ買ってあげるよ。」
「あら、ありがとう。」
「それともチュルックまで行って、ピアスを作ってもらおうか。」
「本当に?ずいぶん景気のいい話ね。」

彼女はにこにこと笑う。でも期待はしていない。
そんなお金があるんだったら、
娘に新しいおもちゃでも買ってあげればいいとも思っている。

「もう少し、早く出会ってたらよかったって思うよ。」
彼はそういって、煙草を深く吸った。
「2年前とかさ。」
「そんなことはチットモ大事じゃないよ。」
彼女があえて10代の子たちみたいなスラングを使うから、
彼は笑った。

「今会ったことに、意味があるの。きっと。」

苦しいような思いはなかった。
こうして肌を触れ合わせているだけで、
気持ちはずっと穏やかで、安心だった。

口を開かないと、彼女たちは眠りに落ちそうになる。
落ちそうになったところで、彼が言う。

「実は娘がずっと風邪をこじらしているんだ。」
「病院には連れて行ったの?」
「行ってない。ミルクを買ってやるのもギリギリだった。」
「それは儀式のせいで?」
彼は黙った。今回の儀式はとても盛大だったので、
毎日たくさんの豚を焼き、飾りを作り、捧げ物をし、
村の人たちは稼ぎのほとんどを使ってしまっただろう。
金のないものは、借金をしてでも盛大に使い果たしてしまう。
それほど、寺院祭は大事な祭りだ。
そもそも、この島の人間は祭りと儀式を中心にして生きている。

彼女は財布の中をみて、1万円札を一枚とりだした。
「ごめんなさい。ルピア札だと十分にもってないんだけど。
明日、これをマネーチェンジャーにもっていって。
今日のレートのままだったら、70万ルピア、もう少し待てば、
80万ルピアくらいに回復するかもしれないけど。足りるわね?」

「たぶん。でも、いいよ。」彼はそう言ったが、
「大事な娘でしょう。後で返してくれたらいいから。
明日、朝一番に病院に連れて行ってね。」
そういって、手に握らせた。
別に返してくれなくてもいいのだ。
この国では、それは期待したほうが負けだから。

「ありがとう。恩にきる。」

一緒に毛布にくるまって眠って、5時前にグスを起こした。

朝が来る前にこっそり部屋を出て行った。
彼女はドアのところで彼を見送る。
寝癖のついた髪をグスは、くしゃくしゃと撫でた。

「次はいつくるかわからないんだっけ。」

「ごめん。わからない。」

「俺、待ってるから。借りもあるし、絵も描きたいし。」

「じゃあ、今度は仕事ナシで来るわ。」

「だったら最高だな。元気で。」

「えぇ、あなたもね。」

グスは彼女にキスをして、暗い階段を降りていった。

彼女は荷造りをし、朝日が部屋に差し込むのを待った。
グスがアグンと一緒に時々、歌ってくれた歌を口ずさんだ。
真っ白な清浄な朝は、いつもと同じようにやってきて、
彼女だけ少し泣いた。



setia
siti nurhanliza version


2007年11月12日

Turn your lights down low



クバヤに着替えに部屋に戻ろうとしたら、
グスが名前を呼ぶので、彼女はぴたりと足を止めた。

「あれ、私の部屋でみたいの?」
「うん。だって何枚もあるんだろう?」

バナナの大きな葉が被さる通路の真ん中で、
グスは彼女を抱きしめると、キスをした。
髭の剃り残しがちくちく肌に触れて、
それでも彼女は、彼の首に手を添えて、さらに顔を近づける。

マルボロのにおい。染み付いた、お香のにおい。

石を積んで固めた塀の向こうを、
コンピアンが鼻歌を歌いながら通り過ぎる。
"I want to give you some good good loving...”

二人は手をお互いのうなじや頬にあてたまま、
声を出さずに笑った。

手をつないで、部屋に戻る。
サイドテーブルとテラスにだけ明かりをつけると、
彼女は早速、クローゼットをあけ、自慢のクバヤをみせた。

グスはベッドに腰掛けて、タバコに火をつけ、
はしゃいだ彼女の背中を撫でながら、彼女の説明をきく。

「これが、スカワティで買ったレースで作ってもらったものよ。
それから、この薄いゴールドのは、ママからもらったもの。
ビーズがきらきらしてキレイでしょう。
これもママからもらったものだけど
大きすぎたから補正してもらったの。
でも、なんだか、受付嬢みたいな柄なのよね。」

グスはにこにこしながら、
「おまえさんが選んだのが一番よく似合うだろうね。
スラウェシ通りで買ったバティックのサロンともよく揃ってるよ。」

「着てみてほしい?」
「うん。みたい。」

彼女はさくさくと服を脱ぐと、サロンを巻き、ビスチェを着け、
クバヤのボタンをぴっちり全部しめないまま、
「どう?ぴったりでしょ?」とグスにたずねた。
それまでグスは彼女の着替える様子を、静かに見ていた。

「きれいだよ。肌が白いから、深い赤がよく合うね。
サロンもずいぶん上手に巻けるようになったな。」

グスは彼女の柔らかく巻いた毛先を撫でて、煙っぽい唇でそのままキスをした。

「残念なのは、ここも赤いってことだなぁ。」
といって、彼女の下腹部をそっと撫でた。

彼女は目を丸くする。
「なんで知ってるの?」

「さぁて、なんでだろうね。」

「なんでわかったの?」

「なんでかなぁ。」

彼が答えようとしないので、彼女は諦めた。
しかし、本当に、どうして彼が生理中ということを知っているのか、
彼女にはちっとも見当がつかなかった。

「いつから?」

「今朝から。」

「あぁ、参ったなぁ。」

彼は脱力したふりをして笑った。

「でもね、あなたを気持ちよくしてあげられる方法は
いろいろあるでしょう?」

彼女はグスの膝の上に跨り、そのまま上半身を押し倒してしまうと、
何か言いかけたグスの唇を、唇で塞いでしまってから、
「気持ちよくなりたい?」ときいた。

「無理しなくていいよ。」
「無理してないわ。してあげたいの。ていうか、したいの。」

二人の欲求が満たされるまでに、5分もかからなかった。
彼女は全て飲み込んでしまうと、何事もなかったかのように、
みかんをひとつ剥いて食べた。

グスは、すっかり燃え尽きてしまった煙草を捨て、
新しい煙草に火をつけて、深く吸い込んで、
「すっげぇ」と一言呟くと、
ベッドに寝転んだまま、ベルトをしめた。

「バーに戻らないと、怒られちゃうわね。」
彼女は色つきのリップをしっかり塗って、
彼の手を引き、起こそうとすると、
逆に彼に引っ張られてしまって、彼の上にどさりと倒れてしまった。

「もっとたくさん会いたかった。」
グスはそういうと、ぎゅっと彼女をだきしめる。
「うん。」
「いけないことかもしれないけど。」
目の端に煙草の煙が見える。
灰が毛布に落ちないように、
腕をベッドの外まで伸ばしているのだろう。

「落ちてしまったんだもの。事故よ。
誰にもどうしようもないことって、あるじゃない。」
彼女は、彼の煙草を持つ指の指輪を眺めて触れる。
その指にも、ダイヤモンドのプラチナの指輪。
まったく別の人との、約束。

「難しいことは考えないで。今夜は。」
彼女がそう呟くと、グスは彼女のおでこにキスをした。


バーに戻ると、グスはスタッフのみんなに
「赤いクバヤがすっげーかわいかった。」と言って、
数十分の事をごまかした。

彼女たちは、何度もグラスを鳴らせ合って、
閉店の時間までたくさん飲んだ。
彼女に最後の挨拶だけしに来る人もいた。
握手をし、女の子や子供であればさらにハグをし、
頬にキスをした。

必ず、誰もが今度はいつ来るのかと聞いたが、彼女は
「わからないの。もし忙しくなければ2月くらい。
運がよければ12月にヌサドゥアで仕事があるわ。」
と言った。

この島の人たちは極めて楽観的なので
「じゃあ、きっと12月ね!」というのだ。
そして指を折りながら、あと何ヶ月かを数えては、
「3ヶ月くらいなら、すぐだよね!」という。

「まだ決まったわけじゃないのよ。」
彼女は、それだけしかいえなかった。

店が落ち着いてから、彼女はオゲに日本語を教えた。
「aku cinta padamu.はなんていうの?」
「そんなのいつ使うのよ?」彼女は笑う。
「旦那にいって、びっくりさせるの。」
オゲの旦那は結婚する前、
ミドリという日本人の女の子と付き合っていたので、
日本語が多少上手なのだ。
「”愛してる”っていうのよ。」
「アーイシテルッ?」
オゲは恥ずかしそうにキャーといいながら笑った。
そして青いインクのペンでメモをとった。

彼女は他にも、
「あなた貧乳ね。」と「あなた巨乳ね。」を教えてあげた。
これにはコンピアンも参加して覚えた。
きっと早速明日から使うのだろう。
グスは「おまえらほんとバカだなぁ」と、そばで笑うばかりだった。

店を閉めて帰るとき、オゲは少し泣いた。
「オゲは私のバリのお姉ちゃんだよ。日本に帰っても変わらないよ。」
彼女がそういうと、オゲは笑った。
「妹の幸せと成功をいつもここから祈ってるよ。彼氏に優しくね。」
「うーん。努力するわ。」
何度目になるかわからないハグとキスをして、名残惜しそうに、
ようやくオゲはヘルメットを抱えた。


bob marley
オフィシャルサイト

turn your lights down low
ft. Lauryn Hill


2007年11月04日

no woman no cry



明日の朝には飛行機に乗って、帰る。
彼女にその実感がわいたのは、ママとノールが少し泣いたとき。

飲み物屋の2歳になるプトゥリには宿に帰るのも日本に帰るのも
区別がつかないので、
「おばちゃん明日、日本に帰るよ。またね。」
と言っても、甘い豆のお粥に夢中で、
彼女の方をちらっと見ただけで手も振らなかった。
「いたずらばっかりしないで、ママのいうことはちゃんときくのよ。」
彼女はプトゥリの額にキスをし、頬についた豆の皮をとってやった。

母親はその隣で、少し寂しそうに微笑む。
「今度はいつくるの?」
彼女はわからないと答える。でもきっと、またすぐに。

ママからもらったたくさんの揚げ菓子を片手にぶら下げて、
ノールと手を繋いで表の通りまで出る。
モスクから駆け足で帰ってきたノールはジルバブをつけたままで、
そうすると、ノールの顔はさらに小さく見える。
眉間に皺を寄せて、涙を堪えているノールは、
「絶対、またすぐに来てね。」といって、手を振った。

何回振り返っても、ノールは同じ場所に佇んだまま、
ずっと手を振っていた。
彼女も何度も手を振る。
ママやノールと同じように涙がこぼれて、
駐車場ゲートのおじさんたちが何か言うのも手だけで返事して、
まっすぐ浜辺に向かった。


バーの手前10mで、カウンターにグスがいるのを見つけて、
彼女は慌てて涙の跡を拭く。
スタッフたちの定席には、オゲとプトゥがいて、
彼女の大きな荷物が何なのか尋ね、
なぜ彼女の目が潤んで赤いのかを尋ねた。

オゲは
「悲しまないで。今夜は一晩中飲むんでしょ?」
と言った。
「うん。あ、しまった。お金があんまりない。」
彼女は、持っていた紙幣の半分くらいを、
ママに預けてきた。ジューサーが故障していたので、
修理代に使うように言って、あげた。
お世話になったからという理由だけれど、
プライドの高い人たちだからそういう理由では受け取らない。
親切に対してお金で返すのはだめで、親切には親切で返す以外にない。

オゲは「気にしないで。まずアラックコーラよね?」と言って笑った。
彼女はグスがいることで、舞い上がるような気持ちを隠すのに必死だった。
恥ずかしくて、グスの方もまともに見れない。
そういう意識を、オゲはきちんと見抜いて、にやにやする。

グスはカウンターから出てくると、
彼女に手を差し出す。「こんばんは。調子はどう?」
「げんきだけどちょっと寂しい。」
「なんで?」
「ママとノールが泣いちゃって、私も悲しくなったの。」
「あぁ、いつもの食堂の?」
「そう。」
「大丈夫。またすぐ会えるよ。」
グスは彼女の頭をぽんぽんと撫でる。

プトゥもオゲも自分の仕事に戻ってしまっていて、
席についているのはグスと彼女だけになっていた。

「ずっと会いたかった。もう10日くらい経つかな?」
そういうと彼女はコーラの瓶に注がれたアラックを、
供物として少し地面に垂らした。

グスはそれが終わるのを待って、グラスに氷をいれ、レモンを絞る。
「ずいぶん経ったね。俺もすごく会いたかったよ。」
「どうして昨日、来れなかったの?」
「お客さんがいっぱい来てて、出られなかった。
客が帰るのをテレビ見ながら待ってたら、寝てた。ごめん。
メールを送ろうとは思ってたんだ。」
「疲れてたのね。」

彼女はアラックを注ぎ、グスはその後にコーラを注ぐ。
何も言わなくても、何をすればいいのかわかる。
そういうのが心地いい。

「今夜は、朝まで一緒にいたい。」
グスが遠慮がちに言うので、彼女も俯いてしまう。
「朝までいて大丈夫なら。」
グスは風邪引きの娘のことを一瞬考えたが、
自分の妻子に遠慮している彼女をいじらしく思えて、
思わずその頬に手を当てた。

トス、と言って、グラスをぶつける。
「ねぇ、昨日祖霊送りの行列があったでしょ?」
「うん。俺そこにいたよ。来てたの?」
「えぇ、たまたま。近くの仕立て屋さんに用事があったから。
グスいるかなと思って探してみたけど、人が多すぎてわかんなかった。」
「なんで仕立て屋にいったの?」
「クバヤを仕立ててもらってたの。」
「クバヤ?まじで?何のために?」
「儀式のためじゃん。行くかどうかわかんないけど。
つまり、まぁとりあえず、ほしかったから。」
グスは大声で笑った。
「なにがおかしいの?」
プトゥは調理場から「すっげー似合ってるんだよ!」と叫ぶ。
「だって、いよいよバリ人みたいじゃん、おまえ。
アラック飲む時はまずお供えするしさ。そんな外人みたことねーよ。」
「だめ?いいじゃん、お供え。」
「だめじゃないよ。俺はすきだよ。でも、おもしろすぎる。」

彼女は若干頬をふくれさせ、
「もうグスには見せてやらん。」とわざと意地悪を言った。
「なんで?みせてよ。みたい。」
「本当に?それでまた笑うの?」
「笑わないよ。きっと美しすぎて眩暈がして倒れてしまうよ。」
グスはげらげら笑って、オゲもコンピアンもカウンターで爆笑した。
「そりゃ、正しいぜ。
もうちょっと乳がでかけりゃ、パーフェクトだけどな!
カップサイズが大きめのビスチェ使ったらいいんじゃないか?」
コンピアンが笑い声を張りあげると、
「乳はでかけりゃいいってもんじゃないよ!」と
オゲもひらひら笑いながら反論する。

「もーいいよ、オッパイの話は!充分!」
彼女は咳き込みながら笑う。
笑いすぎて気管が痛くなってきたのだ。

これでしばらく、こんな賑やかな夜ともお別れだと判っていても、
笑っていれば実感はなかった。
いつも、当日の朝になって、
最後の水圧の頼りないシャワーを浴びている時に
突然辛くなるのだ。


no woman no cry
tributed by jimmy cliff & erykah badu

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