2007年10月30日

don't lie



彼が帰る時、オゲは
「good bye my lover, good bye my friend...」
と、アグンの十八番のジェームスブラントを口ずさんで、
「またすぐ遊びにいらっしゃいよ。」
と言った。

アユは彼女に「泣かないで。」と言って肩を揉んだ。
泣くような要素は一つもないので、彼女は顔をくちゃっとさせて
「泣かないわよ、どうせ明後日私も帰国すんだから。」

「空港まで送るんでしょ?」
「ううん。すぐそこまで。パコじぃが迎えに来てるから。」
彼女は素っ気なく答える。
「だれそれ。」とプトゥが怪訝そうな顔できく。
「ベモの運転手。歌うとかわいいの。」
「あんたって、ほんといろんなとこに友達いるよね。
いい頃合いの男がいたら紹介してよ。まじで。」
プトゥは31歳になるが、生まれてこの方、彼氏ができた試しがない。
器量はあまりいい方ではないし、頭もそんなによくない。
腕っぷしの必要な仕事を各地転々としながらしているので、
見合い話もこないようなあり様なので、
やたらともてる彼女に軽く憧れを抱いている。

彼女は婚約者を見送りに通りまで出た。
名残惜しそうな彼にハグとキスをさっとすると、
車に乗るように促す。空港で待たなくてもいいように、
ギリギリの時間の出発だ。
パコじぃは約束どおりの場所で待っていて、
私は乗っていかないことを知っても、
どうでもよさそうな表情を一瞬浮かべ、
にこにこと手を振って車を回しはじめた。
「気をつけて送ってきてね。」と彼女も手を振る。

彼女はやっと肩の荷が下りた思いで、引き返す。
駐車場のチャージャーのおじさんたちが、
旦那はどこにいったのかと聞く。
彼女は「日本に帰ったのよ。」と答える。
「じゃ、今夜は一人で眠るのかい?さみしいねぇ。」と
おじさんたちは助平に笑うので、
彼女は「やっとぐっすり眠れるわ。」と意味深な笑みを浮かべる。
実際は、毎晩酔っ払ってぐっすり眠っていたのだが。

1杯だけ、アラックのショットをご馳走になって、
バーに戻る道中、2,3人の顔見知りがやはり
「あれ?彼氏は?」ときいた。

バーではカウンターに一番近い定位置に、
女子3人が待ち構えるように座っていた。

「帰ってきた帰ってきた!」
「さぁ、そろそろ正直に話す時間よ。」
「さぁさぁ、座って座って!」

彼女は少しうろたえながらおとなしく座る。
「なに?どうしたの、みんな。」

「本当は、彼とは結婚してないんでしょう?」
とオゲがゆっくりかみ締めるように言った。

彼女は口の端からゆっくり笑い出す。
「参ったわね。どうしてわかったの?」

オゲもアユも口々に
「そんなのバレバレよぉ。」と言った。
「彼はあんたの何なの?彼氏?友達?恋人以上友達未満??」
オゲはきゃっきゃと笑って彼女の目をみた。
目元だけよくよくみると、兄妹でよく似ているなと
彼女は関係のないことを考えて気持ちを落ち着ける。
「彼は、一応婚約者よ。」
「じゃあ、もっと優しくしてあげなきゃかわいそうよ。」
アユは少し怒ったような声で言う。
オゲもプトゥもかわいそうだよと言った。
「それは、むりよ。」
「本当は、愛してないの?本当に好きなのは誰?
アグン?それともグス?」
オゲは少し真剣な声で言った。

彼女の顔を覗き込むようにして、答えを待っている3人の顔を
ぐるりと見渡して、彼女は植え込みの百合の葉に目を逸らした。

「グスが好き。なんだと思う。」

「なんだ、やっぱりグスかよ。」
オゲはつまらなさそうに椅子にもたれかかる。
ようやくここでプトゥが口を開いたかと思うと、
「でもグスは結婚してるじゃん。」と言った。

「えぇ、知ってるわ。」
彼女の毅然とした声にしゅっと線引きされたような気がして、
プトゥは次の言葉が出なかった。

彼女の本心としては、オゲたちにグスのことを聞きたかったが、
彼女はそうしなかった。
そうしないことが、少なくとも
彼女の株を下げないことをしっているから。

「帰国する前にグスに会いたいな。」
彼女があまりにも無防備に言い放つので、
真面目なアユは席をたち、プトゥは理解不能で、
彼女からもらった煙草を燻らせ、
オゲだけがまともに返事をした。
「来るよ。今夜はムリかもしんないけど。」

「それにしたって、彼はかわいそうだね。」
「どうして?彼、すごくわがままなのよ。子供みたいなんだから。
私、彼といて、女っていうよりお母さんみたいな気分になるの。
彼が、もっと男らしかったら、私も優しくするわよ。
昨日の晩なんて、勝手に携帯みて、なんでグスに電話したの?
ってきくのよ?日本では絶対ありえないのよ、携帯を見るなんて。
しかも、前にも一度見て、ケンカして、2度と見ないって約束したのに
それをやぶったのも問題よ。
指輪付き返してやろうと思った位なのよ。
でも、この3週間で私、太っちゃったから指輪がはずれなくて。」
女達はいっせいに笑った。
「マジメな話、来るときの飛行機ではぶかぶかだったのよ。
でも今はぜんぜん取れないの、ほら。」
彼女は実際にはずそうとしてみて、ちっとも抜けないので、
女たちはげらげらと笑った。

一通りわらって落ち着いたところでオゲが話を戻す。
「で、あんた本当に別れたいと思ったわけ?」
「その時は思ったわ。でも今はわからない。」
そう言って、彼女は氷のすっかり溶けてしまったアラックコーラを飲む。
オゲは神妙な顔でそっか、と何度か呟いた。


その頃、グスはというと、儀式は済んだが家に沢山人が集まって
遅くまで飲んだり話し込んだりしていたので、
家を出られずにいた。
バーにいけば、彼女が待っていることも知っていたし、
儀式が終わって緊張感や集中力が解けてしまうと、
彼女の肌の白さやにおい、少し舌足らずな話し方や、ぬくもりなんかが、
一気に思い出されて、頭がおかしくなりそうだった。
娘が風邪をひいてつらいときに娘のことだけを考えられない
自分の父親としての冷たさにも驚きを隠せなかった。
今、彼女の声を聞いたら、自分を止められなくなってしまうと思って、
かかってきた電話にはでなかった。


「やっぱり、出ないわ。」
彼女は残念そうにコンピアンの顔を見る。
「もう完全にクビだな。今夜は来れるはずなんだよ。」
彼女はうなだれて携帯電話を眺めた。
「しけた顔すんなよ。後で一緒に食いもん探しに行くか?」
「うん。。。」

彼女はアユを手伝って、テーブルの片付けをした。
コンピアンはBGMを止め、オゲはグラスを拭き、
プトゥは厨房を閉めた。

閉店直後にパンクスがきて、コンピアンは彼らの相手をするために
酒を開けた。彼は彼女に一緒に飲むかと聞いたが、
彼女はもう充分飲んだからいいといって、部屋に戻った。

グスのことばかり考えて眠った。
このまま会わないで帰国してしまったとしたら、
そんな悲しいことはないと思いながら、
明日こそはグスが店に来ますようにと願った。



Black eyed peas
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Don't lie
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2007年10月26日

again & again



「あら、またウパチャラだわ。」

3度目のマッサージの帰り、KFCのある交差点の、
州都へ続く道は閉鎖され、真っ白と黄色の衣裳を身に着けた
老若男女でびっしり埋め尽くされている。
彼女は、KFCの前で運転手に止まる様にいいつけた。
「ここで、まてばいいのですか?」といった運転手に
「いいえ。後は歩いて帰るから、戻っていいですよ。ありがとう。」
と彼女は言った。

運転手は本当に大丈夫か心配そうな表情をしたが

「仕立て屋さんも、宿もここからすぐ近くだから大丈夫。」
と彼女が言うと、にっこり微笑んで、エンジンをかけた。
「社長さんによろしくね。よい夕べを。」
彼女はそういって、ドアを閉め、すたすたと白装束の男達の間を
縫うようにして歩いた。

こんなときに限って、短いホットパンツをはいている。
彼女は男達の視線がぎっしり足元に集まっているのを重々承知しながら
足早に歩く。

彼女の視線はというと、あちらこちらと、彷徨っている。
グスを探しているのだ。
こんなに沢山の人がいる中で、彼を見つけ出すことは不可能に近い。
それでも彼女は彼の姿を探した。

「なんで、そんなに急いで歩くの。」
婚約者が後ろから、彼女の手を掴む。

「パレードが始まったら、動きにくくなるからよ。」

そうではない。
彼女は自分のカジュアルすぎる恰好が恥ずかしかったのだ。
彼女は渋々、婚約者と手を繋いで歩道沿いを行く。
目が合う人々は誰もが満ち足りていて、
この儀式がいかに重要なものであるかがよくわかる。

2週間続いた儀式も最終日だ。

コンピアンとオゲの実家のある通りの入り口に差し掛かると、
美容室の店先の女が彼女を呼び止めた。

「おじょうちゃん!!待ってたのよ!」

「あ、仕立て屋さんのおねーさん。」

仕立て屋の女はすたすたと店の方へ歩く、
彼女もその後ろについていく。

「ごめんなさい。もしかしてもうお店閉めちゃってたの?」
「えぇ、あなただけ待ってたのよ。」
「本当?ごめんなさい。」
「いいのよ、さ、できてるわよ。試着してみて。」

彼女が市場で買った深い赤のレースの生地は、
きれいな伝統衣装になっていた。

「すてきね。」
彼女は粗末な試着コーナーに入る。
カーテンはピンで留めてあるだけなので、時々揺れて、
外の儀式に参加している少年たちの姿が見えた。

肌にぴったりはりつくようなサイズで作らせたクバヤは
彼女の肌の色によく合っていた。

美容室のスタッフも、仕立て屋の他のスタッフも
どこからともなくわらわらと集まってきて
みんながみんな「まぁよく似合うわね!」と感嘆し、
「ぴったりね!」と自分の腕を自賛した。
「胸が小さいのが残念ねぇ。」と余計なことも言った。
「妊娠すればちょっとは見栄えするかもね。」と彼女が言うと、
女達はきゃっきゃと笑った。
婚約者だけがきょとんとして女達の様子を見ていた。

もう1枚サイズ直しをしたクバヤもぴったりで、
やはり女たちは感嘆し、自賛した。

彼女は支払いを済ませると、通りに出る。
目の前を僧侶階級の人々がゆったりと通りすぎる。
グスがこの中にいるかもしれないと思うと、
彼女は途端に恥ずかしくなって、逃げるようにきた道を引き返した。
一目でも会いたかったけれど、
自分のだらしない恰好を見られるのはいやだった。
せめてサロンを持ってこればよかった。
彼女は流行のクバヤを着て思い思いにおしゃれをしている女の子達をみては
まったく予期していなかった儀式の遭遇を憂えた。
グスの正装は初めて出会った夜に見たことがある。
その時は、地元のフレンドリーな人たちの一人としてしか
みていなかったから、どんなふうだったかは覚えていない。
でも、きっととてもかっこよくみえるにちがいないのだ。

白と黄色の装束の人々の数は増えに増え、
ぎりぎりの隙間をぬってバイクと乗り合いバスが走る。

バイパスは完全に渋滞していた。
バイク一つ通らないバイパスを、ぞろぞろと正装した人々が歩く。
頭に籠をのせた女、傘をもつ男、楽器を叩く男、
はしゃぐ子供達、ただ談笑しながら笑顔で歩く人たち。

北の海岸の埠頭まで、歩いて行くのだ。
そこで、先祖の霊を送るんだという。

バリの宗教儀礼は、日本の昔の民間儀式によく似ている部分があって、
どこかすんなり許容できてしまう。
西洋人の婚約者にはまったく不可解な行為や作法、道具は
たくさんある。

西洋人とは根本的に理解しあえないことや、相容れないことがある。
バリのママが、いつか彼女に耳打ちした言葉を思い出す。

西洋人の嫁になるのであれば、覚悟が必要だ。
本来なら必要ない部分で強くある覚悟が。

彼女は、その覚悟というものについて、思案するようになった。
ママがいったことはもっともなのだ。
私たちは結局言葉でしか分かり合えないのだ。
充分自由でもない言葉でしか分かり合えない。
そんな心許無い関係に耐え切れるほど、
私は強くはないし、鈍感でもないのだ。
彼女はそう強く思うようになっていた。

覚悟の必要ない関係は存在しないけれど。
強弱は少なくともあるはずだ。

行列は途切れることなく、
ぎゅうぎゅうに渋滞した車とバイクが少しずつ動き出した頃合いを見て、
彼女は、婚約者に「もう少しみたいか?」ときいた。
彼が、別にいいといったので
二人は浜辺の方へ歩き出す。

彼といると、男といるというより、
子供といるような感覚がある。
彼女は彼の手をひいて、歩く。


The bird and the bee
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Again & again
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2007年10月16日

get up, stand up



「12日に、夫が来るわ。1週間だけ。」
彼女がそういったとき、グスは
「参ったなぁ。」と間をおいて2、3度呟いた。

「一緒に、帰るの?」

「いいえ、同じ飛行機をとらなかったから、
彼のほうが2日先に帰るわ。」

「そっか。」

彼が、来ないのはそのせいかもしれない。
そう思いながら彼女は、アグンの後釜に雇った2人組の音楽を
明らかに聞いてない態度で露店の方ばかりをみていた。

隣では、ここでは夫ということになっている
婚約者が、ビールをちびちび飲んでいる。

咳が止まらず、コニディンを飲んだので、
アルコールを一切のめない彼女は、バナナジュースを
つまらなそうに飲んで椅子にもたれかかる。

彼女の機嫌が最悪なのは、
お酒が飲めないからというだけでも、
グスに会えないからというだけでも、
新しいバンドがださい上にど素人だからというわけではなかった。
問題は、隣に座る男にあるのだ。

彼の彼女に頼りきった態度、
彼女がなんでもオーガナイズしてくれると思い込んでいる傲慢さ、
そしていちいち、びくびくしながら歩くところや、
歩きながらべたべたと触れてくるところが
気に入らなかったのだ。

この男は、ビザ代にドルがいくら必要かも調べていなければ、
どこにいってみたいかも調べていない、
完全に丸腰で、すべて私に頼るつもりでここにいる。
ナニが休暇だ。手がかかるだけに、仕事をしている気分となんら変わらない。
彼女は、最高に不機嫌だった。

「明日、マッサージにいくわ。」

「どこに?」

「ダナウタンブリンガン通り。」

「それってどこ?」

「どうせ説明したってわかんないでしょ。
地理もろくすっぽ知らないくせに
空港でマップすら取ってきてないんだから。
ここからバスで5分くらいよ。
知り合いが斡旋してるマッサージ研修のモデルをお願いされてるの。
2時間くらいでおわると思うけど。」

薬が強すぎるせいか、
機嫌が悪すぎるせいか
音楽がひどすぎるせいか、
眩暈がしてくる。

コンピアンは本気でこの2人を採用するつもりだろうか。
これなら、隣のホテルのカントリーミュージシャンのおっさんの方がマシだ。
彼女は手のひらで目を覆う。

「マッサージの間、僕は何すればいい?」

「あんたのすきにすればいいでしょう。」

「どこに何があるかわからない。」

「いいかげんにしてよ。いい大人が甘ったれてんじゃないよ。」

彼女はぴしゃっと言い放ち、思いのほかその声が通ったので、
カウンターにいるオゲまで心配そうに彼女たちの方を見た。

「なんで怒るんだよ。」

彼は一言そう呟くと残りのビールを飲み干した。
彼女のバナナジュースは細長いグラスにまだ半分以上のこっていた。
眉間に皺を寄せたまま、彼女は椅子の背に頭をもたれる。
右手の薬指の指輪を睨んで、深いためいきをついた。

海からの風は、いつもどおり冷たく吹きつける。
彼女は首輪をつけられたイグアナみたいな気分だった。
もう一言彼が何かぐずれば、逃げ出してしまいたいほどだった。



Bob Marley

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Get up, Stand up
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2007年10月10日

Goodbye my lover



「何さっきからケータイばっかり気にしてるの?」
いたずらっぽい笑いを浮かべて、女たちがきく。

彼女は手に持ったグラスをことりと置くと、
底からじわっと広がる水滴の輪を指先でさらに広げる。

「ん。7時位に来るって、言ったから。」

誰が来るかと言うと、シンガーである。
前日は仕事をドタキャンして、
深夜になってから釣竿を持って現れたらしい。
彼女はその30分ほど前に酔っ払ってしまって、
化粧も落とさずに眠りこけてしまっていた。
彼からは「もう寝ちゃった?」とメールがきていたが、
それにもちっとも気がつかなかった。

前日の晩は皆ものすごく飲んだ。

それはもう、異常なくらいに飲んだ。

ウェイトレスのアユのオランダ人のボーイフレンドが
どんどんごちそうしてくれたのもあるが、
シンガーが最後の夜に来なかったのが
みんなにとっては、一番堪えたのだろう。

マネージャーのオゲは元々いける口だったが、
それでも明らかに飲みすぎていて、宵の浅いうちから、
彼女とオランダ人と3人でなんどもショットグラスを
がちゃがちゃぶつけ合わせていたので、
9時を回った頃からすでに笑いが止まらず、
一人でいつまでもけらけら笑っていた。

今夜会った時の開口一番は
「あ〜。私昨日、すっごい酔っ払っちゃったよねぇ。」
だった。
彼女はそれに対して
「そうね。一人でずっと笑いまくってたわね。ちゃんと家まで帰れたの?」
げらげら笑って、彼女の細い腕をつねる。
「うん。朝帰った。おにーちゃんとそこで朝まで寝てたよ。」

店の海側には木製のビーチベッドが8つほど並んでいて、
込み入った話がしたいときや、二人きりになりたいときは、
一番南側のベッドを陣取るのが決まりだった。

「朝日も観た?」
「うん。すっごくきもちがよかった。」

この街の一番すてきなところは、朝日だと彼女は思っている。
夕陽側の街の方が観光客には人気だけど、
朝日のために、たくさんの地元民が早くからビーチに集まる。
朝日は夕陽のように橙に染めてしまうことはない。
透明な薄紫が徐々にうすぼんやりして、びかっと真っ白な朝になる。

朝は、何もかもが悲しくなるほど清清しい。


彼女はグラスについっと口をつけ、少し眉間に皺を寄せると
コーラを少し足した。氷は入れなかった。

「7時っていったって、もう8時半よ。アグンは本当にくるの?」

「うん。どうだろうね。でも、来ると思う。きっと。」
彼女は、淡々と答える。じっと、駐輪場のある方をみる。
そして、グラスを呷る。
「オゲも飲む?」
「や。今日は本気で飲みたくない。」
本気で拒絶する彼女の顔もキレイだなと彼女は思った。

「ねぇ、グスはなんでこないの?」
クラブにいった夜から、会っていない。
もう5日近く経っている。

「知らないよ。あんた知らないの?」
「なんで私が知ってなくちゃいけないのよ。」
「まぁね。」
そう呟いて、オゲはきゅっと煙草を吸う。

「ちょっと電話してやれよ。ちゃんと来ないとクビだっていっとけ。」
ナシチャンプルを器用に手で食べながら、オーナーのコンピアンが言った。
オゲのおにーさんだ。グスの従兄にあたる。
この店はほとんど親族か、同じコミュニティの、
同じ階級の身内が働いている。

「コンピアンが電話したらいいじゃん。オーナーなんだから。」
「いいから、おまえさんがかけろ。折角買った携帯使ういい機会だろ。」

彼女は不服そうな顔で携帯を手にする。
「クビだっていえよ。店長命令だかんね。」
彼は、空芯菜の炒めたものをほおばった。

彼女が渋々ダイヤルすると、
「電波が届かないか、電源が入っていません。」
というアナウンスが流れた。

「出ないわ。アグンとは挨拶もしないつもりかしら。」

「ちっ。儀式で忙しいんだろ。しょうがねぇなぁ。
そろそろ終わってもいい時間なのにな。」

「儀式自体はいつ終わるの?」

「来週かなぁ。今年は特に大事な節目だから長いんだ。」

「そう。つまんないなぁ。」

寺院祭は寺の誕生日みたいなもので、
その地域の人たちが一番大事にしている祭りの一つだ。
小さいところで2,3日長いところで2,3週間かけて行われる。

そうこう言ってるうちに、
アグンが釣り友達と一緒に肩組合ってやってきた。
今夜12時に出発するらしい。
皆めいめい別れの言葉を彼にかけた。
コンピアンはボブマーレィのモダンジャズカバーアルバムと、
店のカードを一ケース彼にプレゼントした。
彼女は釣り友達と話をした。アグンとはもちろん話したかったが、
特別何をはなせばいいのかわからなかった。

その間に、ほんの10分ほどの間に、アグンは2杯グラスを空けた。

「やぁ、きみ泣いてるの?」
アグンは唐突に彼女の横に立つと、ぽんと肩に手を置いた。

「なんで泣かなくちゃいけないのよ。まぁいいわ。座れば?」
彼女は椅子の半分を彼に譲った。彼はいわれるままにそこに座る。

彼女たちは彼にとって3杯目のグラスをぐっと飲み干す。

「きをつけてね。」
彼女はぽつりと呟く。

「飛行機のパイロットにいってくれよ。」
彼は笑って、そう答える。
「着いてからのことを言ってるの。
それから、きっとすごく寒いから、ちゃんと服きるのよ。」
「うん。なんかおかあさんみたいなことばかり言うね。」
「他になんていえばいいの。」

「いかないで!わたし寂しい!とか?」
彼の演技にみんなが笑う。

「成功と幸せと健康をお祈りしますわ。」
彼女もげらげらと笑う。本心でそう思った。
行くからにはどうか、すぐ帰ってこないで。

「さぁ、時間だ。最後にハグぐらいしてくれよ。」

彼女はぎゅっと彼の大きな背中に手を回す。
「ありがとう。会えてよかった。」

「俺がいなくなったら寂しいだろ?」

「うん。寂しくなるね。
あんたのジェームズブラントもジャックジョンソンも、
最後にもう一回聞きたかった。」

腕をほどいて、体を離すと、彼は彼女の頬をすっぽり手で包むと、
小さくチュッとキスをした。

皆の前というのが気恥ずかしくて、彼女は悲鳴をあげて笑った。
皆も笑った。

彼は潔く、背中を向けて歩き出す。釣り友達と肩を組合って。


James Blunt
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Good-bye my lover
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2007年10月07日

ruokala lokki



私は旅行をするときに、観光というものをあまり励んでしない。
だいたい同じ場所にずっと留まって、のんびり暮らしてみる。

非日常を日常のように過ごすのって、
なんだかとっても贅沢だと思う。

バリ島は特に、すでに合計2ヶ月弱も滞在している場所だし、
1回目の滞在の目的上、かなりディープな地域を歩いてきたのもあって、
今更うろうろする気にもならないというのはあると思う。

とはいっても、過去の旅でも、人に誘われない限りは
やっぱり、だいたい同じ場所にいた。
例えば北海道では、宿のお手伝いさんとカレーを食べに行ったり、
一日中居間でCDを漁ったり、映画を観て泣いたり、
ブーンズを片手に晩飯を作ったり、
ルームメートの女の子と夜更かししてお話したり、
そんなかんじだったので、結局、
土地の真新しさはあんまり関係ないのかもしれない。

とにかく、バリではどこにもほとんど、いかなかった。
行かなくてはいけない理由がない限り。

少し長く滞在する街には、必ず常に通う食堂が自然とできる。
夕飯と時々朝食、休日には朝昼晩の3食ほとんどをそこで食べる。
私がいつも滞在する部屋にはキッチンがないので、
その食堂が、「歩いて5分」の台所となっている。

その店には、67歳になるママと、
二十歳になったばかりのかわいい大学生の娘がいる。
実の娘じゃなくて、養子だ。
ママは実の子以外にも、養子を何人か育て上げている。
ノールは、年齢的に考えても最後の養子だろう。
彼女の両親は、近所に暮らしている。

ママは英語もオランダ語もドイツ語も話した。
若い頃は、バリキャリだったに違いない。
どういういきさつで、こんなこじんまりとした店を
引き継ぐことになったのかはわからないけれども、
もてなすのが好きなママが、この店をすきなのはよくわかる。
ノールは、ママが一人だとかわいそうだからといって毎日手伝っている。
最初は愛想のない子だと思ったけれど、
単に激しく人見知りをするだけだった。

私とママとノールはいつもたくさんお話をした。
ママの若い頃の話と食べ物の話が多かった。ママはお話が好きなのだ。
ノールと私はバリの文化と宗教、特にイスラム教についてよく話をした。
ママもノールもムスリムで、一日5回のお祈りを欠かさない。

私からはいつも、日本語を教えた。
ノールからはたくさんインドネシア語を教えてもらった。
ママは特に、文法担当で
私のめちゃくちゃな接頭辞接尾辞をなおしてくれた。
一方でママは日本語をあまり知らなかったけれど、なぜか
「空芯菜」だけは間違わずにすらすらといえた。
ノールは頭がよく、一度教えた言葉はほとんど覚えていたし、
文法の誤りも、説明すればすぐ理解し、2度も間違えることがなかった。

ママは時々私の背中をさすりながら、他のお客さんに
「この子は私の自慢の娘さ!」と言った。
「もうインドネシア語もできるし、手で上手に食事もできるんだよ。」
そんなふうに言うくらいだから、
ママは本当に娘のようによくしてくれた。

食堂では一日中食べ飲みしても、
夕飯の分のおかず代だけしか請求されなくなっていたし、
私がクバヤという伝統的なブラウスを仕立てたいといったときも、
2枚もお下がりをくれた。
私が市場で買って来たクバヤ地の色に合うサロンを探しに、
一緒にポンコツのベモ(乗合バス)を貸切にして州都まででかけたのも
今では一番楽しい思い出だ。
私はママと一緒にがんばって、とてもいいバティックを
同じ生地の帯び付きで、半額以下まで値切って買った。
ノールは新しいジルバブがほしかったのだけれど、
気に入ったのがなくて、結局3人少ししょんぼりして帰ったのだ。
3人とも暑くて乾いていて、余計にうなだれた。
ラジオも何も付いてない、後ろの窓が割れたベモに揺られて、
運転手のパコじぃだけ、ご機嫌だった。

私はたくさん、もやしを食べさせられた。
もやしはバリでは、妊娠しやすくなる食べ物といわれている。
バリではナンパが面倒くさく「既婚」とウソをついているせいで、
新婚6ヶ月目の新妻な私に
ママもノールも「はやく妊娠しなくちゃ」と毎日のように言った。

それで、もやしがはいらないはずのおかずにも、
たっぷりもやしが乗っていたり、混ぜ込まれていたりするようになった。
炒めたもやしが、そっと添えられていることもあった。
これって、本気で妊娠したい不妊症の人だったら、
わりと辛い仕打ちととられる可能性もあるのかしら。
悪気がないにしても。

もやしだけでなく、とにかく店に座っている間は
どんどん何か食べさせてくれたおかげで、私は少し太った。
行きの飛行機ではぶかぶかだった薬指の指輪も、
なかなかはずれなかったので、
揚げ魚や揚げ鶏を手で食べるときもつけたままにせざるをえなかった。
彼女たちに言わせれば、やせすぎも妊娠にはよくないそうだ。
これは「もやし」よりも少しは、信憑性がある。

帰国するときも、決まって体に気をつけてと同列で、
「ちゃんともやしたべなさいね。」
といわれる。
「次来るときは、赤ちゃんもいっしょにね。」

それはちょっとムリだけど、
「またすぐ会えるから悲しくないもん。」
と言ったノールが本当に悲しくなってしまわないうちに、
出張が入らないなら、
休暇をとってでもまたすぐに行かなきゃと思う。


かもめ食堂
(荻上直子、2006年)

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