2007年09月29日

fake star



大きなヴィラの脇道を抜ける。
細い道で、一人の青年とぎりぎりですれ違い、
野良犬が吼え、追いかけてくる。

「ねぇ。犬に噛まれそうなんだけど。」
彼女は彼の耳元で言う。
この街の犬はまだ穏やかだと思っていた彼女は、
犬嫌いもあって、その声には明らかに動揺の気配がみえた。

「そりゃ、危ないなぁ。」
彼はできるだけスピードを出すが、
スピード抑制のために道が時々盛り上げてあって、
その度に減速せざるをえない。

彼女はぎゅっと彼の背中にしがみつく他なかった。
脇道を抜けて広場に出ると、すぐ右にクラブがある。
しっかりしたハコではなく、
そこらにある集会場をそのまま改築したような造りで、
大音量のトランスと大騒ぎは全て外に筒抜けだった。

入り口のセキュリティも何もかも顔パス。
誰もが彼に「久しぶりだな!」とか、
「こんなところに何のようだ?」とか言いながら抱擁をした。

彼女は暗闇の中を彼の手にひかれて、フロアに入る。
ぐにゃぐにゃと這い回る紫のレーザーライトに、ミラーボール。
小さい映画館にあるくらいのスクリーンには、
アルファベットが駆け抜け、その手前のステージでは
女の子たちが、馬乗りになって腰を振っている。
猥雑でチープ。規則的な電子音と頭が割れそうなビート。
彼女は大きく息を吐き、めまいから立ち直る。

暗闇で目を凝らすと、ほとんどは地元の若者で、
肌の白い人間は見当たらない。

トランスは好きではないので、体が動かない。
それでも、彼が彼女の前で体を揺らし始めたので、
彼女も仕方がなく彼に合わせてリズムを捉える。
ステージの女の子達は正常位で腰を振っている。

「あの子達は、ジャワ人?」
彼女は目元にかかった髪を耳にかけながらきいた。

「そうだよ。どうして?」
彼はその毛先を撫でながら言う。
「きいてみただけ。」

暗闇でふざけたビートの洪水の中、ぶつかり合うようなキスをする。
DJもステージのダンサーも、フロアで汗を散らしている男も女も、
ぺこぺこのボックス席でくつろいでいる男も女も、
二人の行為をみていたかもしれない。
二人は長いこと抱き合ったり、キスをしたりした。
誰か一人くらいは、みていたかもしれない。

彼女は一瞬、彼の奥さんのことを考えてみた。
考えてみたところで、
どうにかなるわけでも、どうにかしたいわけでもないのでやめた。

「疲れちゃった。」
「疲れちゃったね。」
どちらからともなく、静止し微笑む。

「座って。ビールをもってくる。何か食べたい?」
「私はまだおなかいっぱいなの。」

柱の横のテーブルで、椅子をひき、彼女を座らせると、
彼は、奥の蛍光灯の明かりが漏れる部屋に入り、
しばらくして皿を一つ持って出て来て、DJブースの裏で、
笑ったり話したりしているうちに、2本の大瓶ビールが手渡され、
そのまままっすぐ、テーブルまで戻ってきた。

皿の上に乗っていたのは普通のフライドポテトとケチャップ。
久しぶりに見る食べなれた食べ物が目に新鮮だった。
「おなかすいてたのね。ごめんなさい。」
「いいよ。どうぞよかったら食べて。」
瓶をガチンと大きく鳴らせて乾杯をし、踊る人々の影を眺める。

不意に彼の背後から、女の声がする。
「にーさん、超ひさしぶり!!」
振り返ると、やけに肌の白い小柄な女で、
彼は、驚きとともにはしゃいだ声で彼女と挨拶を交わす。

「こいつは俺の幼馴染みだよ。6月に結婚式があったろ?
あの家の2つ隣に住んでんだ。」
彼は、嬉しそうに彼女に紹介をした。
女たちはにこやかに握手をする。
ここでも彼女は奥さんのことを考えたが、
誰一人気まずい顔をしないので、すぐにそれもやめた。

二人はビールを飲んでいる間も、キスをした。
会話が途切れるたび。会話に疲れるたび。
そして会話を諦めるたび。
酩酊しなくても、彼女の語彙力には限界があったし、
音が二人の声をぐちゃぐちゃにしてしまうからだ。

「裏のバレで少し休もう。あそこなら静かだ。」
彼は、空いているバレがあるかどうか見てくるといって、
フロアを出た。入り口の所でまたセキュリティと話し、
ゲラゲラと笑って、左に出る。その影を彼女は目で追う。
こんなに人がたくさんいるのに、彼以外見えなかった。
残りの人は全て、ただの影か黒い塊にしか見えない。

一番奥のバレで、二人は何度も体を重ねた。
野良犬の気配と、泥酔した人たちの鼾と、
トカゲと虫が一斉にざわつく中で。

遠くの街灯の灯りは何の頼りにもならず、
ほとんど肌に触れる感覚だけでお互いを確かめ合う。
ビールは茣蓙の上に零してしまったし、マルボロとライターも、
どこか茂みの中に落としてしまった。

いつの間にかクラブの音は止まり、
人々の集団がざわざわと立ち去り、
二人は服が乱れたのもそのままに、眠りに落ちてしまった。
お互いの触れ合っている部分だけ温かく、
徐々に夜露に濡れる髪やつま先が凍えた。

彼女があっと目を覚ましたときには、時間はすでに4時を回っていた。

「起きて、もう4時過ぎちゃってる。」
彼女が何度かぴしゃぴしゃと彼の頬を叩いても、
彼は目を覚まさず、暢気な鼾をかいている。
初めて彼が彼女のベッドで寝た時もそうだった。
朝6時まで、眠りこけていた彼は
朝日の眩しさもあってようやく彼女の声で目を覚まし、
「やっべ。自分の家かと思ってた。」と言いながら、
慌てて帰ったのだ。
今回は、外だし、寒いし、蚊が痒いのもあって、
あっさり目を覚ました彼は、
やっぱり「あー。しまった。。。」といって、
のそのそとベルトをしめ、シャツのボタンを閉じ、
彼女にキスをした。

「さぁ、おひらきだな。とっとと帰るぞ。
今日は儀式が7時からなんだ。たぶん起きられないと思うけど。」
「はい。とっとと帰りましょう。
私も、8時に会社のお迎えが来るのよ。」

手を繋いで、クラブの入り口の脇を抜け、外に出る。
もう犬すらいない。
ノーヘルで捕まらないように、
裏道を抜けてホテルに戻ったのは5時だった。


平井堅
オフィシャルサイト


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