2007年09月28日

Midnight dejavu



「少し、そこまで散歩しない?」

男が浜辺の散歩に誘うのはこれが初めてで、
彼女は一瞬身構える。

なんだろう。

グラスをカウンターにおいて、男の後ろについて歩く。
背後から、シンガーと彼の釣り友達の
「どこにいくの?」と言う声が聞こえて、彼女が振り返ると、
寸時遅れて彼も振り返る。

「ちょっとお散歩。」
彼女ははじけるような笑顔で答え、
男は微笑み、小さく手を挙げる。

「きをつけてね。」
シンガーはにやにやとサンプルナを喫し、
その顔は煙と甘い丁子の香りで一瞬かき消される。
釣り友達は手を振り、彼女も手を振りかえした。

バーから30m程離れた、外灯の灯りが届かなくなった時点で、
どちらからともなく、細い指をするりとからませあう。
彼は彼女の頬に触れて、海風と酒で冷えた唇を、
同じく冷えた彼女の唇におしつける。

青いレモンとコーラと、飲みなれたアルコールの味を
お互いの舌に感じた。
そして、彼が呼吸するときの赤いマルボロの香りに、
彼女はふぅっと眠りに落ちそうな心地になる。

「白たばこくさい。」
彼女が冗談半分でいうと彼は
「君は、丁子くさいよ。唇も甘すぎる。」
と言ってがががと笑った。
彼女はついさっき、シンガーからサンプルナをもらって、
ゆっくりゆっくり味わったところだったのだ。

この国の丁子のたばこのフィルターには
甘味料がコーティングされていて、
喫した後に唇を舐めると飴玉のように甘い。

指も腕もからませあったまま、人気のない浜辺を歩く。
波の音の合間に、露店の子や女たちの寝息が聞こえ、
時折、動物の吠声がかすかに聞こえた。
それと、二人の砂の上を歩く規則的なざりざりという音。

彼女は空を見上げた。
星がたくさんありすぎて、星座なんて見分けがつかない。

「今夜も星がたくさんね。どこまで散歩するの?」

「わからないよ。また酒がほしくなったら戻ろうか。」

「じゃあ、きっとすぐなのね。」

彼女が少ししょんぼりした声を出すと、
彼はくすくすと笑って、何度も彼女に口づける。
彼がこんなふうにくすくす笑うのは、
彼女と二人きりのときだけだった。

この島で一番大きなホテルからにゅっと海岸まで突き出たヘリポートに、
釣り人の影がいくつか見えた。

「寒いわね。」
彼女は彼の腕を抱きかかえるようにした。
ひんやりした海風は強く彼女の頬に吹き付ける。
今夜はここまで来る予定ではなかったので、
薄手のカーディガンしかもってきてなかったのだ。

彼にしたって、いつものしわひとつないシャツと、
膝までのジーンズにサンダルだったので、寒いに違いなかった。
彼女の体をすっぽり抱きしめてしまうと、
うなじに、肩に、耳の先の尖がったところ、耳たぶの柔らかいところに
たくさんのキスを浴びせた。

「やっぱり寒いから戻ろっか。風邪ひいたらかわいそうだ。」
彼は彼女の目を覗き込む。
彼女が彼を好きなのは、彼の瞳に言葉に、手に、
男をというよりも、父性を感じるからだ。

彼女がうなずくと、彼は右手でぽんぽんと彼女の頭を撫でる。
彼女はそうされるのがすごく好きだった。

「そこの貸しボード置き場なら風が防げるかもしれない。
少し休んでいく?そこでビールも買えるし。」

休んでいた露店の少年を起こして、ビールを1本もらう。
充分寒いのに冷えたビールを彼は3,4口飲み、彼女に手渡す。
彼女は少し口をつけただけで、彼に戻し、彼はそれを一口飲むと、
砂の中に底を埋めるようにして置いた。

彼はボードを背にして座っていた。
彼女は砂に膝をついて腕を彼の首に回し、長いキスを降らせた。
彼の冷たい手が服の中で肌を滑る。
彼は「愛してる」と言った。
彼女は最初聞き取れずに、きょとんとした。
聞き取れていたのかもしれないけれど、
彼の口からその言葉がでてくるなんて、思いもしなかったからだ。
「いつから?」
「もうずっとずっと前からだよ。」

二人は砂の上で抱き合った。そのまま小さく揺れた。
彼は何度も「愛してる」といった。彼女は答えなかった。
ただ、彼の頭を抱き寄せて、切ないため息を耳元に零した。

彼の膝の上に座り込んだまま空を見上げると星も月も揺れた。
ボードの向こう側の舗道を人が通る。
息を殺して、行き過ぎるのを待つ。
その間にも音を立てないキスをやめない。
揺れ続けて、やがて止まると、二人は体を離して、
砂の濡れた部分を埋めた。

つかの間もなく、少年の母親がビールの代金をとりにきた。
この老いた女はきっと何もかも気づいていたのだろう。

ちょうど支払ったところで、シンガーと彼の友達が煙草を買いに来た。
「あれ、もう帰ってきたの?」
「どこまでいってたの?」
2人同時に口を開くものだから、彼女は困った顔をしてみせる。

「そこのヘリポートより少し先までよ。」

4人で舗道をとことこ戻る。時計を見るとすでに1時を回っていた。
「あなたたち、今夜は釣りをしないの?波が高すぎるかしら。」

「そうだね。波が高すぎて糸が浜まで流されるね、きっと。」

「今夜はもう遅いから、ホテルまで送ってもらいな。
俺達はまだもうちょっと飲んでから帰るよ。」
シンガーはそういって、にこりと微笑むと、
彼女の風で乱れた髪を耳にかけてやり、頬にキスをした。

「さぁ、おやすみ。また明日。」
シンガーはふいに真面目な表情で言った。
彼のドイツへの出発日はもうすぐそこまで近づいていた。

「酔っ払わないようにね。おやすみ。また明日。」
彼女は努めて明るく言う。
釣り友達は、もうすでに酔っ払っているといわんばかりに
げらげらと笑った。

「おまえさんら、帰る時はグラスを流しにおいとけよ。」
たまったグラスを洗い終え、煙草に火をつけながら、
カウンターから男が出てくる。
風を避けるように手のひらを丸めて火をつける様子が
彼女は好きだった。

まだ帰りたくなかった。もっと一緒にいたい。
お互い同じことを思いながら、黙りこくってバイクにまたがる。

「クラブによってみる?」と彼が聞いたとき、
彼女は迷いもせず返事をした。


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