2007年09月23日

Sitting, waiting, wishing



「俺、13日からドイツに行くんだ。」

彼が唐突に告白したときに、彼女はふぅんと
関心のなさそうな返事をした。

「いつまで?」

「わかんないよ。1年とかかな。」

彼はけらけらと笑い、きつめに割った酒を飲んだ。

「一年も何するっていうの?」

「さぁ。歌ったり。」

「今と変わらないのね。」

「うん。わかんないけどね。」

彼にドイツ人の彼女がいるのは知っていたが、
まさか一緒に住むほど本気とは思っていなかった。
出会った当初は、「ガールフレンドはもう長いこといない」
なんて大嘘ついて、彼女を口説いていたくらいだし、
「実は彼女いるんだ」と白状した時も、
彼女を口説いている最中だった。
どんなに離れていたって、
他の女を口説く程度の思いなんだと思っていたので、
彼女は内心、非常に驚いた。でも、それを表にはださなかった。
帰国日をごまかすあたり、もしかしたら、
あっちで結婚をするつもりなのかもしれないと、彼女は思いついた。
そして、今までのアプローチはなんだったのかと、
若干拍子抜けすらしていた。

彼の理論で言わせれば、彼女は彼女、ここにはいない。
君は君、誰にも知られていなければ、いいじゃないか。
そういうこと。

彼はこのバーがオープンした1年前から、
平日の晩にいつもアコースティック・ライブをしている。
彼の声は深く情熱的で、道行く人がはっとするほどの歌声で、
おまけにギターも自由自在に爪弾けたから、
たくさんの観光客が足を止め、
ビンタンビール片手にうっとりと彼の声に耳を傾けた。
若い女の子たちが、舐めるような視線を彼に向けることもあった。

彼がいなくなってしまったら、店の経営状態が
格段に右肩下がりになるのは明々白々だったし、
彼女自身、彼がいなくなってしまったらこの店は
ネタのない寿司のようなものだと思ったので、
彼の大きな門出を祝う気持ちよりも、
店の将来を憂う気持ちが勝ってしまった。

それは彼女の表情をありありと曇らせ、彼の浮気心をくすぐるのだ。

「俺がいなくなったら寂しい?」

「そうね。寂しくなるわね。」

思いのほか、素直に寂しいと呟いた彼女の
真っ暗な海の闇を吸って艶やかに黒い瞳がいじらしく思えて、
彼はぎゅっと彼女の肩を抱いて、さっと唇にキスをした。

「よくもまぁ、そんなことができるわね。」

彼女は目をぱちくりとさせて、彼を見る。

「俺はしたいことをしているだけだよ。」

「懲りない人ね。」

彼女はちらっとバーカウンターの方を伺う。
男はカクテルを作るのに集中したふりをして、
手元をせわしなく働かせていた。
彼女の視線に気がつくと、おどけて笑ってみせる。
偶然気がついたのではなく、実際は彼女のことばかり見ていたので、
気がつかないわけがなかったのだ。
そんな風だったので、カクテルに入れるジンの量は間違えていたし、
飾りのフルーツを切るのもいつもの倍時間がかかった。
彼が彼女の肩に手を回しているのを見るだけでも、
少し胸くそが悪かった。
男は、男で彼女のことが、
出会って間もない頃から好きでしょうがなかったのだ。
彼みたいに堂々と肩に手を回せたり、手を握ったり、
隙さえあればキスだってできるような立場をうらやましく思った。

「あんた、ほんとにあいつのこと好きなんだな。」
男につられて、にこりと微笑んだ彼女に、彼は言った。
「俺にはそんなふうには笑ってくれないじゃん。たまにしか。」

「そうでもないよ。」

「嘘ばっかり。」

彼女は照れを隠せず、笑う。
そして彼も、にこにこと愛想よく笑うのだ。

この3人の奇妙な関係は、
店のスタッフ達の最大の関心事になっていた。


Jack Johnson
オフィシャルサイト

Sitting, waiting, wishing
by youtube.com


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。